SUZUKI Akio 鈴木昭男

与謝野町

※個人情報保護のためマップの位置は市町村の役所です。

1941年生まれ。日本におけるサウンド・アートの先駆者。1963年に、名古屋駅のホーム階段で行ったパフォーマンス《階段に物を投げる》を起点に、「きく」という行為そのものに向き合い続け、音楽やアートについて問い続けている。音楽や美術の枠を越え、音と場、人と環境の関係に着目した作品を国内外で発表。街や自然の中に耳を澄ますための場所を示す代表作《点 音(おとだて)》は世界各地で展開されている。丹後地域には、1988年秋分の日に向けて制作した、日の出から日没まで自然の音に耳を澄ます作品《日向ぼっこの空間》をきっかけに移住。現在は与謝野町在住。日常にひそむ音の豊かさを静かに問い続けている。

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MESSAGE

クリエイターの声(地域の魅力)

1987年に初めて丹後にやってきて、網野町、丹後町、再び網野町、そして今は、与謝野町に住まいを移しましたが、丹後縮緬の機音(はたおと)に馴染んで暮らしてきました。それがぼくの「ララバイ(子守唄)」と言えます。潮騒(しおさい)や山彦(やまびこ)、また海辺の洞窟や滝壺の音響、四季折々の風を聴くなど、ぼくの耳は、いつもくすぐられています。

※潮騒(しおさい):海岸に打ち寄せる波の音や潮の満ち引きによって生じる連続した波の響きを指す言葉。
※山彦(やまびこ):山や谷で声や音が反響して聞こえてくる現象。

推薦者から一言

甲斐少夜子
京都府地域アートマネージャー・丹後地域担当

昭男さんの表現は、その場や音、人にそうっと誠実に寄り添いながら空間の中に立ち現われるように感じます。一度体感すると、多くの人が昭男さんの世界に引き込まれることでしょう。私がそうであったように。身体に潜んでいた感覚を呼び覚ましてもらいました。丹後の《点 音》ポイントに佇んで体感してみてください。

WORKS 活動紹介

20代で自作した音器「Analapos(アナラポス)」は昭男さんの代表作品。缶とコイルスプリングを糸電話のようにつないだ楽器で、声や触り方によって生まれる音が、エコーを伴って聴け、思わず引き込まれます。
写真撮影|安田哲馬

丹後へ移り住むきっかけとなった《日向ぼっこの空間》。1988年秋分の日に、日本最北端の子午線上にある山の中腹に作られた空間で、日の出から日没まで、自然の音に耳を澄ませ、「きく」行為を作品とした。約一万個の手作りによる日干しブロックを積んで造った壁空間は、昭男さんを慕い集まった仲間と1年半かけて創作したもの。
写真提供|鈴木昭男

昭男さんの代表的作品シリーズ《点 音(おとだて)》。最初のスポットは1996年にベルリン(ドイツ)で生まれた。
その他、フランス、台湾、アイルランド、イギリス、イタリア、ベルギー、デンマーク、オーストラリアをはじめ、日本各地にも展開され、国内外に多く点在している。
写真提供|鈴木昭男

京丹後市網野町に点在する《点 音》ポイント。
①老舗旅館「万助楼」の海沿いの石垣下
②田勇機業駐車場。《日向ぼっこの空間》へのオマージュとして描かれた壁画と対になっている
③網野交差点。電信柱にもたれ、網野駅方面へ耳を傾ける
④雑貨カフェ 「kanabun」店頭のざくろの木の根元

1990年代の昭男さん。当時、丹後町(現・京丹後市)で、昭男さんを中心に多くの地域住民が協力、参加した芸術祭「古代の丘のあそび」が開催された。
写真提供|鈴木昭男

2005年に家宝であった石を紛失した昭男さんに、友人のアーティストが「君の失くした石に似てる」と、2020年のパフォーマンスの際にプレゼントされたニュージーランドの浜で拾われた自然石。1日数時間ほど笛として吹くのが日課となっている。まだ理想の音には辿り着いてないそう。

2026年5月、ベルリンで開催されたシングウー・フェスティバル30周年(singuhr XXX festival)でのサウンド・パフォーマンス。会場は元教会の建物。
写真提供|鈴木昭男

丹後地域の機工場から譲り受けた機道具を活用し、音の気配を奏でる「音 気 楽 団」楽団長としてパフォーマンス《はたおと・さぐり》を披露。機道具を使った表現が新たに昭男さんの作品シリーズに加わり、愛知県、京都市内でも発表された。

令和7年度京都府地域プログラム(丹後)として実施した「音 気 楽 団」プログラムのアーカイブ映像。リサーチからワークショップ、パフォーマンスの様子を記録。
映像制作|VEJ VISUAL AND ECHO JAPAN