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[イベントレポート] トークイベント『風景泥棒はどこへ?』(後編)

丹後地域|京丹後市

京丹後市では、2018〜2021年度の4年間にわたってアーティスト・イン・レジデンス事業『京都:Re-Search』が開催されました。アーティストが町に滞在しながら制作活動を続ける経緯を見守るなかで、地域の方々にとって、アートに対する印象はいかに変化したのか。こちらのレポートでは前編に引き続き、事業に参加したアーティストと、活動に伴走した地域の方と「地域×現代アート」の現在地を語り合うトークセッションの様子をお届けします。

風景泥棒はどこへ? 地域×現代アートを語り合う【レポート前編】はこちら

 

 

アートに対する印象は、いかに変化したか?

「アートが分からなくても、愛着は生まれる」

三津八幡神社芝居舞台は高橋臨太郎さんの展示会場となり、多くの観客が訪れた。

「最初は不安が大きかったけれど、結果的に立派なものを作ってもらって、地元の三津に沢山の人が集まってくれて、この上ない」と語る、三津の灯台珈琲・店主の澤佳奈枝さん。

2020年の展覧会『大京都 in 京丹後』で、高橋臨太郎さんが展示会場として三津の八幡神社芝居舞台を選んだことをきっかけに、京都:Re-Searchへ協力を続けてきたものの「アート自体が何たるものなのか、それはやっぱり分からん(笑)」と率直な感想を聞かせてくれました。

アーティストと出会ったからと言って、アートについて理解したり、自身が美術館へ足を運ぶようになるような劇的な変化が起きた訳ではなかったそう。しかし「アーティストが丹後で作ってくれる作品に対して、制作する過程を知ることで愛着が生まれ、作品の見え方が変わりました」と話します。

また、三津のおじいちゃん・おばあちゃん達も(高橋)臨太郎さんが自転車で通ってくるのを見守り「今日もおるかえ(居るか)?」「何しとるだぁ?」と気にかけて、差し入れを持って寄っていたそうです。そして、彼の作品づくりを見てきた集落の人たちは、作品を見て「良いもんができたねぇ」と口にしていたとのこと。

また澤さんは、三津での作品を見たことをきっかけに、展覧会が開催中は、京丹後の他の地区で展示されている他のアーティストの作品も鑑賞に訪れました。そうすることで、今までと少し違う視点で三津を見つめる掛け替えのない機会をもらえたと振り返ります。複数の展示会場を回遊したり、アーティストの制作過程を知ったりしたことで、アートへの愛着が生まれるきっかけとなった様子でした。

 

“騒音”と感じていたものが、資源になりうると気付かされた

一般社団法人京丹後青年会議所 直前理事長(登壇当時) 小東直幸さん

「自分たちにとっては、騒音、ネガティブな存在と決めつけていた機織りの音。これを作品に活かすとは、予想外の出来事でした」と語るのは、2019年に一般社団法人京丹後青年会議所のまちづくり委員長として、滞在施設の紹介や『大京都 in 京丹後』の展示会場整備など、京都:Re-Searchに率先して協力してくださった小東直幸さん。「なるほど〜、これがアーティストか、これが東京芸大かと納得しました(笑)」と冗談めかして、作品に触れた感想を教えてくれました。

そして、予想外だったアーティストの着眼点に触れ「他にもアーティストはどんな視点で京丹後の地域を見ているのか、機織りの音に着目した出来事をきっかけに一気に興味が高まった」「アーティストと共に行動して、時間を共有することで、アーティストの考え方に感化されるような変化があった」「そんな変化は、今となって後から振り返ることでよく分かる」と言います。

2020年、2021年も継続して事業に協力してくださった小東さんからは「皆さんも、今後アーティストを迎え入れる機会があれば、“よく分からん”、 “共通言語がないから”と毛嫌いせず、まず関わってみることをお勧めします」と会場に集まった人たちへの一言が投げかけられました。

 

 

風景泥棒たちが地域へもたらした変化はいかに?

皆の前で宣言された、ある珈琲店の誕生

三津の灯台珈琲ロゴ入りタンブラー (写真提供:三津の灯台珈琲)

今回の取組を経て、目に見える形での変化も起こりました。高橋臨太郎さんの三津八幡神社芝居舞台での展示をきっかけに三津へ沢山の人がやってくる風景を見て感化された澤さんは「ここ(三津)に、これからも人が訪れてもらえる場所を作ります」と、2020年10月の、展覧会後の皆が集まった際に宣言します。

「元々、三津には地元以外の人が来ることは滅多に無かった。そんな三津に沢山の人が来てくれて、来た人たちは三津を素晴らしい場所と言ってくれて、誇りになった。もっと三津に来て欲しい、この景色を知って欲しい」という気持ちを原動力に、2021年4月、澤さんは旧漁協の建物を活用し、コーヒースタンド「三津の灯台珈琲」を開店しました。

オープンにあたり、お店のロゴデザインを高橋臨太郎さんへ依頼。高橋さんは「やっと三津で風景泥棒してきたことの恩返しができました」と笑顔で振り返ります。

高橋さんいわく「地域からインスピレーションをもらいっぱなしになる後ろめたさがあったのも、正直なところ。しかし、自分がこの地域に通い、作品を発表したことで、素晴らしいお店が誕生するきっかけになった。そして、やっとデザインという形で恩返しをさせてもらえた」とロゴデザインの依頼を受けた喜びを振り返りました。

 

アートをきっかけに生まれた交流が、まちの魅力として重なった

ファシリテーターを務めた川渕一清さん(まちの人事企画室 代表)

今回のトークセッションで進行役を務めたのは、京丹後の行政や企業の経営企画、人材採用、地域づくり関連の企画運営などを支援するチーム「まちの人事企画室」で代表を務める川渕一清さん。彼自身のライフワークとして、京丹後へUターンをした2013年から、地域づくりに関する活動をコツコツと続け、2020年の展覧会『大京都  in 京丹後』では6会場を巡るバスツアーのアシスタントとして関わりました。

そんな川渕さんにとっても、京都:Re-Searchを契機に京丹後で新たな交流の形が育まれたことは、感無量な出来事の一つだったそう。

「移住してもらうことが、地域に活気をもたらすゴールの全てではない。アートをきっかけに京丹後を訪れて、通ってくれる人との繋がりが、地域の魅力として重なることを実感できる催しでした」と、進行役を務めつつ、事業でもたらされた賑わいについてお話しくださいました。

 

 

会場から寄せられた声

アーティストの言葉を聴きに集まった来場者の顔ぶれは、これまでの京都:Re-Searchに協力された地元の方が多く見受けられ、久しぶりに地域を訪れるアーティストを「おかえり〜」と迎え入れ、見守るような温かい雰囲気で会場は満ちていました。

そして、会場となった三津漁港は、この日は秋の海の表情。穏やかな波音に包まれた漁港には、海を背景にSIDE COREが作品として制作した、丹後半島の海岸線で見られる安山岩の写真を使用したベンチが並び、親しみのある風景と作品が融合した開放的なステージも相まって、集まった人の五感にも作用するイベントとなっていました。

また、トークセッション当日は『三津のちいさな芸術祭 織りかえす波の音』と題したイベントが同時開催されたことも、これまで「風景泥棒」とテーマを掲げて『大京都 in 京丹後』を継続してきた成果が形となった出来事の一つでした。『大京都 in 京丹後』の開催をきっかけに、『三津の灯台アートプロジェクト実行委員会』が発足し、『三津のちいさな芸術祭』が開催され、連動企画としてこのトークセッションが同時開催されたという経緯です。

『三津のちいさな芸術祭』では、ビーチクリーン、海洋プラごみを使ったワークショップ、高橋臨太郎さんによる作品のパフォーマンスが行われ、会場にはフード&ドリンクの出店ブースも集合し、一日を通じてゆっくりと滞在し、食事を楽しみつつ、アートに触れる一日となりました。

 

 

風景泥棒はどこへ?

文化を分かち合い、育むチャンネルができたことが京丹後の資産

京丹後市文化協会 会長 松本経一さん

『三津のちいさな芸術祭』と共にトークセッションにも来場していた京丹後市文化協会会長である松本経一さんが、終わりの挨拶を務められました。

「“現代アートって何? 難しいなぁ”というのが地元の方の正直な声。しかし、“僕たちとは違うモノの見方がある”ということを、今日の振り返りを経て、分かっていただけたのではないでしょうか」

「例えば東京まで行かないと見られなかったような、アーティスト視点でのモノの捉え方について、地元にいながら触れられる、京丹後を題材に開催してもらえたことが贅沢な催しでした」

「“京丹後はこんなに豊かな場所である”と来た人に言ってもらえることが、地元に住む我々の自信となり、当たり前に見てきたものへ光が当たる出来事でした」と4年間のアーティスト・イン・レジデンス事業を振り返りつつ「この度の事業を経て、文化を分かち合いながら育むチャンネルができたことが京丹後の資産。このような文化の交流を長く続けていきたい」と終わりの挨拶を締めくくりました。

 

 

これが最初ではなかったし、また次に続いていく物語である

4年間にわたって開催されたアーティスト・イン・レジデンス事業『京都:Re-Search in 京丹後』。トークセッション『風景泥棒はどこへ? 地域×現代アートを語り合う』を振り返るにあたって、SIDE CORE・松下徹さんのコメントを最後に引用します。

“そもそもアートとは、都心だけに集まるものではなかったはず。過去に遡っても、丹後半島にもこれまで数々の著名アーティストが移り住んだり、通ったりしてきた。つまり(地域からアートを生み出すことは)僕たちが初めて取り組んだ試みではありませんでした。そして、これからも、もっとアートという表現の場として選ばれる地域になっていく可能性があると考えます“

こうして京都:Re-Searchが生んだアーティストと地域との関係が京丹後に積み重なり、身近にある風景の価値に気づいた人々がここへ集い、新たな営みも重ね、風景泥棒の物語はこれからも京丹後の地で続いていくことでしょう。

 

 


▼イベント概要

【風景泥棒はどこへ? − 地域 ×現代アートを語り合う】

日程|2022年9月25日(日)
時間|15:30-17:00(受付開始 15:00)
会場|三津漁港特設ステージ (京丹後市網野町三津4)
   ※荒天の場合は三津区民センター
参加費|無料 
駐車場|網野町三津区民センター(京都府京丹後市網野町三津869)

登壇者|SIDE CORE (アートコレクティブ)・前谷開(アーティスト)・高橋臨太郎(アーティスト)・澤佳奈枝(翔笑璃/三津の灯台珈琲)・小東直幸(一般社団法人京丹後青年会議所 直前理事長)・川渕一清(まちの人事企画室代表)

主催|京都:Re-Search実行委員会 (京都府ほか)
協力|三津の灯台アートプロジェクト実行委員会/明日の三津と海を考える会/えびす会/京都府漁業協同組合網野支所 
後援|京丹後市/京丹後市教育委員会

登壇者のプロフィールなどの詳細|イベントページ

 

(記事執筆:老籾千央)