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[イベントレポート] トークイベント『風景泥棒はどこへ?』(前編)

丹後地域|京丹後市

京丹後市では、2018〜2021年度の4年間にわたってアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)事業『京都:Re-Search』が開催されました。アーティストが地域に滞在し交流しながら制作活動を行うことで、地域の人々が文化や芸術に触れる機会を提供し、地域が持ちうる魅力を今一度見つめ直す視点を引き出すような取組として実施されたこの事業。事業の一環として開催された展覧会『大京都 in 京丹後』では、実際に何かを盗むわけではないものの、アートを通じて「風景の見え方を変化させてしまう」というメッセージを込めた、「風景泥棒」がテーマとなりました。

京丹後での滞在を通じて制作に携わったアーティスト達は、地域を巡りながらどんな風景を盗んでいったのか。地域の人たちが地元を観るいままでのフレームがいかに盗まれて、新たな変化が湧き起こったのか。

そうした“地域と現代アート”のいままでとこれからについて、アーティスト、地元の双方向から語り合うトークセッション『風景泥棒はどこへ?』が2022年9月25日に開催されました。アートを通じて、風景の見え方はどう変わったのか。地域の住民にとって、アートに対する印象はいかに変化したのか。活動を振り返るトークセッションの舞台は、展覧会場の一つにも選ばれ、アーティストと住民が集う場所にもなった、赤い灯台を望む三津漁港(京丹後市網野町三津)。

 

“風景泥棒”のテーマへ辿り着くまで

“アートってよく分からないけど見てみよう”を目指した 

「アートって、よく分からないけど見てみよう」と思われることを目指したと話すのは、松下徹さん。2012年より活動を行うアートコレクティブ「SIDE CORE(サイドコア)」の一員であり、アーティスト・イン・レジデンス事業を通じてどのような展覧会を催すべきか、『大京都 in 京丹後』の企画段階から携わりました。

SIDE CORE 松下徹さん(写真左)SIDE CORE 松下徹さん(写真左)

例えば数ヶ月間にわたって長期開催されるような芸術祭とは異なり、観客が作品に触れられる期間はある程度限定的であることが予め分かっていた京都:Re-Searchの展覧会。一方で、通常の芸術祭と異なり、同じアーティスト達が数年間同じ場所で制作に取り組むことができるため、作品の為のリサーチが深まり、様々な実験的な表現が生まれました。またすごく魅力的なアーティスト達が地域にいて、彼等も参加してくれたことで、地元の人々と交流が深くなり、地域と展覧会の関係性を深めることができました。よって展覧会『大京都』を開催する目的として掲げた方向性は、小さいけれど時間をかけ、地域密着型にしていくことで「現代アートとかよく分からないけど、見に行ってみよう」と思ってもらうことでした。また他者としてのアーティスト達の視点を通じて地域を見直すことで、地域の人達が「うちの町の面白さ」に気づき、風景の見え方が変わってくる。「風景泥棒」はそういうコンセプトの展覧会でした。

今回のトークセッション会場で使用した、安山岩をモチーフにしたベンチ。京都:Re-SearchでSIDE COREが制作した作品の一つですが、こちらも“海岸ごとに異なる岩肌の表情の興味深さ”を感じてもらうきっかけとして、特に丹後半島の海岸で存在感を放つ安山岩に着目した作品です。

 

ロールプレイングゲームのような“探求”の余地がある町の姿

「覗いてみたい」と好奇心がくすぐられる扉があった

地域の方達に「アートってよく分からないけど見てみよう」との試みで始まったプロジェクトですが、未知のものを探究する感覚から歩み始めたのは、アーティストも同じでした。アーティスト達は事業を通じて縁が生まれた京丹後には、どんな土地なのか分からないままにやってきました。そんな京丹後との出会いに対して「“覗いてみたい”と好奇心をくすぐられる扉があった」と話すのは、アーティストの高橋臨太郎さん。身近にある音に着想を得て、音楽を通じて空間に働きかけるような作品表現を行いました。

高橋 臨太郎さん(写真左)

丹後半島と関わりが深い機織りや海の音に着目した高橋さんですが、京丹後には確かな歴史がある一方で、注目や編集が施されていない「未編集の余白」が残されていたと言います。それはまるで、ロールプレイングゲームに出てくる“謎で、未知な扉”との遭遇のようなもの。ついノックしてみたくなる雰囲気のある扉のようなモノやコトに出会い、好奇心がくすぐられたと言います。しかしながら、未知の扉の先にあるものは、手の加わっていない原野ではなく、歴史や物語が蓄積された場所。既に物語がある場所で、新しい作品を作ることは、原っぱにゼロから家を建てることとは違った悩ましさもあったと振り返ります。

 

計画なく探検ができる余地があることがローカルの面白さ

SIDE COREで映像ディレクターを務める播本和宜(はりもとかずのり)さんは、先日東京都内での撮影活動があり、この経験が京丹後での撮影体験とは対照的であったことをこのように語りました。

SIDE CORE 播本和宜さん

「先日、東京都内で撮影の予定が入り、準備の手続きに奔走しました。東京都内では、交通を妨げるような撮影を予め防ぐため、道路や歩道の撮影利用が制限されている区域が多いのです。よって、撮影を希望する場合は所轄の警察署へ申請し、許可を得た上での撮影が必須。公共の安心安全の為に設けられた制度であることは充分に理解する一方で、撮影場所ごとに必要となる申請料を納めている間に“この街って一体、誰の持ち物なんだろう?”と不思議な感覚を抱くようになりました」

「私自身、居住地は東京都で、税金も区に払っているはずなのに、東京が自分の街であると思えるような感覚とは遠ざかるような出来事の一つだった。一方で、京丹後の場合は、街の風景を勝手に撮影しても罰せられない。よって、予め段取りを組まずに計画的ではない探求ができた」と振り返ります。また、運転免許を持っていなかったことも考え方によっては功を奏したようで、 “地元の人に乗せてもらい町を巡ることで 新しい遭遇があった”と、やはりロールプレイングゲームのような、予め筋書きが用意されていない楽しみ方があったそうです。

 

人との関わりを持ち、できることの領分が広がったのかも?

一人で篭って制作に取り組むスタイルが中心であったと言うアーティストの前谷開さんは、地域滞在型での試みが制作スタイルに変化を与えるきっかけになったそう。町の集い場のようなお店に皆で集まって会話をしたり、時間を共有したりするうちに「人と関わって制作する方法も良いかも?」と自身の領分が広がる感覚があったと言います。

前谷開さん

また京丹後で過ごした時間には、前谷さんにとって人生に大きな変化をもたらす出会いもありました。別のきっかけで京丹後を訪れていた女性と京丹後で出会い、2022年に結婚へ。婚姻届の証人は、アートマネージャーの甲斐さんに依頼。知り合いの居ない町で滞在制作に取り組んだ時間は、前谷さんにとって“他者との関わり方”の範囲を拡げるきっかけになったと話します 。

 

扉をノックするアーティスト達を受け入れた人の声

日々、クエストの課題に挑戦するような体験

アーティストと地元の方との橋渡し役を担ったのは、京都府地域アートマネージャーを務める甲斐 少夜子(かい さよこ)さん。広島県福山市出身の彼女は、現職のため丹後半島へ移住。自身も京丹後で新たな出会いを重ねつつ、今までに培った地域の方との信頼の上でアーティストからの要望を地域の方と一緒に叶えるようなコーディネートを務めました。

京都府地域アートマネージャー 甲斐 少夜子さん

「次はこれをやりたい」「こんな物を探している」「この場所を使えないだろうか?」とアーティスト達から要望が届く日々は、クエストの挑戦状が渡されるような体験。「地元の方にも無理を言いつつ、何度も通って理解してもらう時間の中で、関係性が深まった」と甲斐さん自身も、暮らしを移すだけの移住ではなし得なかった関係性の構築が生まれたとして、京都:Re-Searchについて振り返ります。また、アーティスト達が京丹後を訪れると地域の方から「おかえり」と言ってもらえるような関係性を共に育んだこと、前谷さんが京丹後でパートナーと出会ったように、アーティストにとって、京丹後の町が人生の節目に刻まれ、帰ってくる居場所になったことが感慨深いと振り返りました。

 

よく分からないものを受け入れる戸惑いも、素直に伝えました(笑)

「このドアを開けさせて!」とノックされても、簡単に扉を開けられない地域側の事情も時にはあるものです。そんな葛藤を素直に語ってくれたのは、澤 佳奈枝(さわ かなえ)さん。京丹後網野町でシーカヤック等のマリンレジャー事業「翔笑璃(とびわたり)」を運営する彼女は、地域の方の理解なしには自身の事業が成立しない立場です。当時は、新しい事業を始めるにあたって、理解者を募っていたこともあって「澤が、よぉ分からん人を連れてきたと言われたら困る」という状況。甲斐さんからアーティストを紹介されたものの、最初は素直に「頼むで(頼むから)、変なモン作らんといてーな」と伝えたと笑いながら語ります。

翔笑璃(とびわたり)代表/三津の灯台珈琲店主 澤佳奈枝さん

アーティストも、地元の方も、行き着く先がよく分からないまま始まったレジデンス事業。しかし、毎日集落を訪れるアーティストの姿を見ると、地元の人間も応援したくなっていくものです。

「最初は不安が大きかった。けれど、結果的に立派なものを作ってもらって、三津の集落にたくさんの人が集まってくれて、この上ない」と感謝を伝える澤さん。アーティスト・イン・レジデンス事業によって網野町三津の集落に人が集った景色を見て、彼女も大きな挑戦を始めました。彼女の出身地であり、高橋臨太郎さんの作品のモチーフにもなった三津漁港を拠点に「三津の灯台珈琲」の名前で小さなコーヒースタンドを始めたのです。

人と人が出会うことによって、熱意に相乗効果が生まれることは、古今東西において繁栄の原則。アーティストが滞在する日々は、京丹後へどのような繁栄をもたらしたのでしょうか?

後編の記事では “京丹後でアートをきっかけに起きた変化”に着目しつつ、風景泥棒の行き先を探ります。

後編はこちら

 


▼イベント概要

【風景泥棒はどこへ? − 地域 ×現代アートを語り合う】

日程|2022年9月25日(日)
時間|15:30-17:00(受付開始 15:00)
会場|三津漁港特設ステージ (京丹後市網野町三津4)
   ※荒天の場合は三津区民センター
参加費|無料 
駐車場|網野町三津区民センター(京都府京丹後市網野町三津869)

登壇者|SIDE CORE (アートコレクティブ)・前谷開(アーティスト)・高橋臨太郎(アーティスト)・澤佳奈枝(翔笑璃/三津の灯台珈琲)・小東直幸(一般社団法人京丹後青年会議所 直前理事長)・川渕一清(まちの人事企画室代表)

主催|京都:Re-Search実行委員会 (京都府ほか)
協力|三津の灯台アートプロジェクト実行委員会/明日の三津と海を考える会/えびす会/京都府漁業協同組合網野支所 
後援|京丹後市/京丹後市教育委員会

登壇者のプロフィールなどの詳細|イベントページ

(記事執筆:老籾千央)