南丹地域|南丹市
現代美術家・ヤマガミユキヒロさんとともに、南丹地域の魅力を再発見する取組として実施してきた『京都山河抄~京都丹波の光景~』。丹波猿楽などにゆかりが深い南丹地域の、伝統芸能を育んだ地域性に着目して、2024年の5月からヤマガミさんがリサーチや公開制作、地域交流、そして制作発表に取り組みました。
「ワークショップ」、「公開制作」に引き続き、ヤマガミさんが10月に行った南丹市美山町樫原地区に伝わる「からす田楽」のリサーチについて、美術批評家の平田剛志さんに取材いただいきました。
令和6年度京都府地域プログラム(南丹)
京都山河抄~京都丹波の光景~|リサーチ
京都府南丹市美山町は「美山かやぶきの里」など茅葺き屋根の古民家が残る日本の原風景とも言える地域である。また、美山町のある南丹地域は丹波猿楽発祥の地でもあり、梅若家の屋敷跡や菩提寺などが残されている。
現代美術家のヤマガミユキヒロは、風景を描いた鉛筆画に、同じ地点から撮影した映像を投影する「キャンバス・プロジェクション」による平面作品だけでなく、能楽とのコラボレーションも長く行ってきた。2014年から観世流能楽師の林宗一郎と始めたコラボレーション・プロジェクト『noh play』である。これはヤマガミの描いた鉛筆画を背景に林宗一郎が能を舞う公演や映像を重ね合わせた作品で、全国各地で発表を重ねてきた。
そんな能楽と縁の深いヤマガミが丹波猿楽発祥の地である南丹地域で着目したのが、地域住民によって永年守り続けられてきた伝統芸能「からす田楽」である。 田楽とは、田植えの際に歌や踊りを行う農耕儀礼で能楽のルーツとされる芸能である。「からす田楽」は、美山町樫原地区の大原神社境内にある地区の氏神を祀る川上神社の例祭であり、毎年10月10日(現在はスポーツの日)に山仕事の安全と稲の豊作を願って氏子により奉納される。名前の由来は、烏帽子を被った「からす役」が烏の鳴き声を真似て前方に飛び跳ねる所作に由来する。これは神の使いである烏が田を荒らす害獣を追い払う意味が込められているという。600年以上続く伝統があり、1983年には京都府の無形民俗文化財第 1 号にも指定されている。近年は少子高齢化に伴う後継者不足により、存続が危ぶまれてもいる。
「からす田楽」は口伝で伝承されるため、伝承される人がいないと途絶えてしまう。ヤマガミは、日本各地の多くの郷土芸能の消失が危惧されている現状を踏まえ、口伝だけでなく、自身の作品にすることで「からす田楽」の伝承に貢献できると考え、リサーチを兼ねた映像記録を行なった。
2024年のからす田楽奉納日である10月14日、ヤマガミは正午ごろに大原神社に到着。
秋晴れの木漏れ日がもれる境内の社務所では「からす田楽」を奉納する年配の男性たちが黒紋付きに着替え、裃(かみしも)を付けている。割烹着を着た女性たちは男性たちの着付けを手伝い、お供え物などの準備を忙しくも和やかに進めていく。
地域の方々へ挨拶を済ませたヤマガミはカメラや三脚、音声機材を境内に設置し、 奉納の本番に備える。撮影アシスタントとして参加したアーティストの佐藤健博は奉納の様子や地域住民の交流をカメラに収めていく。
「からす田楽」は、笛方1人、太鼓方4人、ビンザサラという竹や細い木などを束ねて作られた楽器を奏でる舞い方4人、計9人の氏子によって構成される。
午後2時、拝殿で奉納が始まり、境内に笛、太鼓、ビンザサラの音が響き渡る。奉納は拝殿、山の神の祠(ほこら)の前、川上神社の3か所で行われる。ビンザサラ役の1人が楽器の音に合わせて、横向きにすり足で1周する踊りを行った後、もう1人が同じ踊りを行う。最後に、からす役が同じ踊りの後に「カア、カア、カア」と鳴きながら3度前に飛び跳ねる所作を行う。
拝殿に続いて、境内にある山の神の祠(ほこら)の前、川上神社へと移動し、それぞれでも奉納される。
時おり氏子たちは雑談をしながら、祭祀は和やかな雰囲気で進んでいく。また、奉納中、笛の音が掠(かす)れるなど、リズムのズレは、地域で行われる祭祀だからこその軽妙な味わいをもたらしていた。
最後は、宮司が手作りの弓矢で的を射り、翌年の豊作を占う行事で締めくくられる。緊張の場面だが、見事に矢が的に当たり、喝采となった。午後3時ごろ、奉納が終了。女性たちの手早い動きによって、あっという間に片付けが進む。
過去に能とのコラボレーションを手掛けてきたヤマガミにとって、美山の自然あふれる野外で奉納される「からす田楽」は貴重な経験だっただろう。地域の風景や伝統が消えつつある今、その継承の記録がヤマガミの作品によって残されることは、伝統芸能を未来につなげる可能性なのかもしれない。
(記事作成日|2024年11月1日)
記事執筆・写真
■平田剛志(HIRATA Takeshi)
美術批評。1979年生まれ。関西の現代美術をフィールドに、新聞・雑誌やフライヤー、ウェブメディア等に寄稿。主な論考は、「山本雄教展 sign」(+1art、2024)、「記憶をひらく」『すべ と しるべ 2020図録』(ギャラリー・パルク、2021)、「パランプセストの風景」『ヤマガミユキヒロ展 ロケーション・ハンティング』(A-Lab、2016)など。
令和6年度京都府地域プログラム(南丹)
展覧会『京都山河抄~京都丹波の光景~』
詳細やヤマガミさんのプロフィールは▼こちら
https://kyotohoop.jp/program/nantan2024/
令和6年度京都府地域プログラム(南丹)『京都山河抄~京都丹波の光景~』事業レポート一覧
・公開制作
・リサーチ
(記事執筆:平田剛志(美術批評家))