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[事業レポート]Kaico-参加型アートプロジェクト|総評「『Kaico-参加型アートプロジェクト』のあゆみと、残った響き」

丹後地域|宮津市・京丹後市・伊根町・与謝野町

2023年度から取り組んできた「Kaico-参加型アートプロジェクト」は、丹後の風土や織物文化に寄り添いながら、地域の方々とともに学び、体験を重ねてきました。この3年間の企画が生んだ気づきやつながり、そして参加者の中に芽生えた新しいまなざしを、美術批評家の野口拓海氏の言葉で綴っていただきました。

「Kaico-参加型アートプロジェクト」のあゆみと、残った響き

アートプロジェクトの現在地

「アートプロジェクト」とは、ギャラリーや美術館といったホワイトキューブでの展覧会というフォーマットに対するような、地域や場所や形式を限定せずアートを立ち上げていく試みだ。従来のフォーマットに潜むある種権力的な構造や、あるいは一般社会との乖離など、美術業界が抱えてきた課題への応答として、20世紀後半から世界の様々な地域で試行錯誤のもと取り組まれてきた。アートにたずさわる人たちが積極的に街へと出て、地域社会や人々と関わりながら多様な方法でアートと街の接点を模索するような活動である。
この30年近く日本各地でも「アートプロジェクト」が数限りなく試みられ、そしてまたやまびこのように去っていった。自分が関わった企画も含めいわゆる地域型の「アートプロジェクト」には、様々な要因から美術批評の文脈においてポジティブな結論を見出しづらい側面が確かにある(*1)。あるいはまた、各プロジェクトの方向性や企図が全く違うため、総論として俯瞰することも困難だ。しかしそのような状況においても、少なくともどのアートプロジェクトも自覚しておくべき要点は整理できるのではないか。例えばそんなところから、このテキストを進めていこう。

ひとつは、それが「現地で暮らす人々の生活をおびやかすものではないか?」という点。アートプロジェクトにおいてしばしば見られてきた、あたかも観光コンテンツのひとつとして「アート」を用いるという手法は局所的には有効であるだろう。美術作品は風景や空気を異化する。ただ、その影響力はそこで日常を過ごす誰かにとっての暴力にもなりかねない。外から訪れる鑑賞者からその土地で暮らす人たちまで、すべての感受を引き受けることは非常に難しいが、だからこそ企画サイドの配慮を最も必要とする観点だ。そしてまた、その「引き受けようとする過程や姿勢」までを含めてこそ、ようやく“プロジェクト”と呼べるような気もする。

もうひとつが、「プロジェクトが終わったあとには何が残されるのか?」ということ。会期が終わり作品や装飾が運び出されたあとも、その土地では人々の暮らしが続く。訪れた人々の日常も続く。一過性であることを越えてなお何が残せるだろうか。鑑賞者に、関係者に、住んでいる人に、土地自体に、それぞれに対してその問いは立てられるべきで、そしてまた常に後回しになりがちな視点でもある。少なくとも動き続けているとき、落ち着いて考えることは非常に難しい。

丹後という舞台

今回の趣旨である「Kaico―参加型アートプロジェクト」(以下、Kaico)の活動エリアである京都府丹後地域は、府域最北部にあたり日本海側に面している地域だ。京都市内からは車で2時間ほどの距離にあり豊かな自然が残る。土地としての歴史も非常に古く、織物の技術が大陸より伝来したとも言われるとおり、今もなお繊維産業は大きな地場産業の一つだ。西陣織・京友禅を支えてきた丹後地域の技術は非常に高く、最盛期からは縮小しているものの現在もテキスタイルの一産地として国内外で知られている。歴史や街を紐解くと、必ずそこには織物文化の影響が見て取れるエリアだ。いわゆる「京都」としてイメージされる景色の一部分を、丹後地域はものづくりの面で確かに担ってきた。Kaicoの3年間にわたる取り組みは、この地域とどのような関係を作っていっただろうか。先ほどの要点を踏まえながら、まずは2025年度の「音 気 楽 団 ―機(はた)の妖精にきく―」を糸口に、これまでのあゆみを振り返りながら見ていこう。

「音 気 楽 団」(2025年度)

「音 気 楽 団」は、サウンドアーティストの鈴木昭男を中心とした企画である。ただ、彼の作品をそのまま演奏・展示するプロジェクトではなく、事前のワークショップ(8月・9月)と本番であるところのパフォーマンス(10月)に分けられた一連の取り組みを指す。そしてまた、「音 気 楽 団」とは鈴木を楽団長とした楽団の名称でもある。楽団員とは事前のワークショップへの参加者たちだ。ワークショップでは楽団長の経歴や制作のスタイルを知るところからスタートし、簡単なレクチャーを受け、それぞれが楽器を選び、少しずつ音の生み方を探す(ちなみにこの楽団にとっての楽器はすべて機道具であり、それは当然ながら丹後地域の織物産業に由来する)。途中、団旗を掲げた楽団は町へ出て、かつて自分たちの楽器が道具として活躍していた機工場を見学し、海辺での練習へと流れる。子どもを含む幅広い年齢層で構成された楽団が町をいく姿は、まるですでに何かのキャラバンが訪れたようで、静かな日常の景色を確かに異化していた。砂浜では個々が楽器というよりも音自体をもって行き交い・あるいは隣の人へと受け渡し・強弱をつけて音を繋ぐ。少し離れたところから届く楽団の練習音は、いつか南西諸島で聴いた珊瑚の死骸でできた砂浜の波音に似ていた。楽団長は、誰にでも楽しめる・すんなりと馴染む教え方でかなり高度な内容を伝えていて、それは私からすると驚くほど洗練された手法だった。

楽団長である鈴木は、戦後の日本における現代美術の特にサウンドアートの領域での先駆的な活動で広く知られている。1988年、子午線に関連した制作≪日向ぼっこの空間≫をきっかけに網野町へと移住し、現在は与謝野地域を創作の拠点とする。世界的な活動を展開しながら40年近く丹後地域で暮らしているスタイルも、現在から見るとかなり先駆けだったと言えるだろう(*2)

「音 気 楽 団」では、彼自身の制作におけるコンセプチュアルな部分を、先に触れた楽団員たちへのワークショップの中で確かに伝えていた。それぞれが音を奏でるより前に、ただ「きくこと」を促す。まず自らの耳をすまし「きくこと」こそが音のはじまりであると、彼は静かに幾度も話す。大文字の“楽器”や“音楽”から離れ、とにかく忘れてもらうこと。アートにとって有効で難解な手段のひとつを、彼は教えようとしていた。もともとの「物」それ自体が、誰にも知らせずその内に保存していた音の可能性をさぐり、そしてそれを言葉のように交わし、また消えていく。まさに音楽の、その核心を、知らないうちに楽団員たちは教わっていたのだ。

今回の企画を通じて鈴木は、自然の音はもちろん、生活や歴史や産業といった丹後半島で既に在った音をそっと抜き出したようだった。それらがより集まり、和声になり、世界は形成されている。その事実を、この土地に暮らす次の世代へと、つまり無音の対極にある子どもたちへと伝える試みにも感じられた。「音 気 楽 団」は名前にあるとおり、プロジェクトの全体を通して参加した人たちの「音の気配」を受信する感性を呼び覚ましただろうし、そしてその影響は会期を終えてなお人たちの中に響いているはずだ。2025年度のKaicoの企画が当地に残したものが、例えば単体の作品ではなく参加した人々への影響だったという点において、地域型アートプロジェクトとしてひとつの大きな新しさがあるといえるだろう。耳を、身体を、世界に対してひらき続けること。地球に気体が生まれてから鳴り止んだことのないこの現象の不思議さを、鈴木ははためく団旗と共に教えてくれていた。

「町を縫う」(2023年度)

ここまで特に2025年度の取組である「音 気 楽 団」へと触れてきたが、遡って2023年度・2024年度の取り組みにも言及していこう。
2023年度の「町を縫う」についてまず何より注目すべきは、オープニングイベントとし“学ぶ編「アートプロジェクトって何だろう?」”が実施された点だ。明快な解法が難しい「アートプロジェクト」ではあるものの、23年度メインアーティストの美術家・西尾美也が自身の活動から得た知見も織り混ぜながら地域の人たちへ話す機会が設けられていた。この設計自体に「地域と乖離してはプロジェクトが成立しないのでは」という、ひとつの強い思いを感じる。また、実際にその土地で暮らし、自らもテキスタイルアートに携わる立場から織物文化を見つめる“地域アートマネージャー”が中心となり企画・運営されているという特色にも言及されていた。
続く“実践編”では、参加者は各地を象徴するような場所を巡りながら、その町が持っているリズムやイメージを収集。それらを丹後ちりめんのはぎれにトレースし大きな1枚の布へと縫うことで、全く新しい地図を制作するというワークショップが宮津・与謝野・京丹後でそれぞれ開催された。
2023年度の取り組みも、地域の手触りを知り、そしてだれかと共有し、外へ内へと繋いでいく試みだったといえるだろう。もともとその土地の持っていた日常の魅力がふたたびプロジェクトを通し見出され、あるいは話され、参加者の手を通して何かしらの形へと紡がれていく。今までにない別の角度から、(当然のようにしてそこにあった)営みや、歴史や、産業へと光が当たることもまた、アートプロジェクトの大きな役割のひとつだろう。

「パシャパシャ丹後」(2024年度)

2024年度の「パシャパシャ丹後」では「写真」をひとつのテーマに、メインアーティストとして写真家・吉田亮人によるワークショップや写真展を開催した。たくさんの子どもたちを含む地域の人々がワークショップへと参加し、思い思いの角度から織物ゆかりの町を見つめ切り取る。また、開催地も「網野の機屋の町並み-天橋立コース」「ちりめん街道-伊根の町並みコース」のほか、京都府立与謝の海支援学校での出張写真ワークショップといったように、スポット的な取り組みではなかったことも、Kaicoの丹後半島を大きな全体として捉える姿勢が指摘できるだろう。
また、参加者による写真作品は、丹後ちりめんの新たな魅力を多角的に考え続けている織物業の若手グループ「たてつなぎ」により白生地へとプリントされ、ここでも産業や歴史との接点を模索している。事業実施レポートにも「国内最大の絹織物産地である丹後地域の日本遺産『丹後ちりめん回廊』への理解を深め」とあるとおり、現地の次世代や新たに訪れる人たちへ、このアートプロジェクトをひとつの方法やきっかけとして、もっと深く大切なことをキャッチして欲しいという想いが感じられる。それは所謂アートの文脈でいうところのコンセプトやステイトメントといった制度ではなく、ある意味では素朴で親密さをたたえた手ざわりのある「想い」だ。企画や運営のひとたちが交流する中で、あるいは地域の人が参加する中で、話された事柄やその日の気候や食事の時間などによって、おぼろげな輪郭が宿っていったのだと思う。

Kaicoが残したまなざし

町の近景にリズムやイメージを見出し、それらを抽象的な地図へ手作業で翻訳していく「町を縫う」。光と時間の作用による写真を通じて町と再度出会い、多様な参加者が町を見つめ直した「パシャパシャ丹後」。そして、既にそこにずっと在った音を音楽に変えながら丹後半島を巡る「音 気 楽 団」。この一連のKaicoの取り組みは、いわゆる一方向的なアートプロジェクトではなく、地域そのものと地域の人を・営みとクリエイションを・産業とアートを・内と外を、さまざまに繋いでいく中で立ち上がってきたプロジェクトだと言えるだろう。その様相はもちろんテキスタイルの組織のようで、単一の指向性を持たないゆたかな広がりがあり、あきらかな面の構造を持っている。スポット的な魅力発信ではなく、大きな(小さな?)塊としての丹後半島という地理的な捉え方が、どの年度でも常に意識されてきたことも大きい。その中でさえ多様な地域があり、それぞれに歴史・魅力・課題があることを、常にこのプロジェクトは見つめてきたのだろう。或いはそれは、ここ数年で耳にするようになった都市部と地方における文化資本の格差のような言説に対する、ひとつの明朗な答え方でもあると思う。単に著名な作品やアーティストを観ることだけが文化的行いではなく、むしろ根源的に備わっている自分たちの感性を自覚し、取り戻し、そのうえで再度身の回りの地域や世界を見つめることもまた、アートと自分とを繋ぐ重大な文化的行いであるということ。アートウォッシュ(*3)ではない形で、プロジェクトに触発された参加者・鑑賞者自身がふたたび地域の魅力と新鮮に出会い続けるということ。

Kaicoというアートプロジェクトが残してきたものは個別の感性への刺激と、その連なりによって再度獲得された地域や歴史への新しい眼差しである。企画の根底には、常に丹後半島が既に持っている魅力への深い信頼があったように思う。

Kaicoが教えてくれるとおり、「私」の外側へ常に目や耳や身体をひらき続けることは、翻ってあなた自身へといつか新しい世界を届けるだろう。「音 気 楽 団」のアウトロが、飛ぶ鳥のさえずりや、揺れた物干し竿がかすかにたてる音や、夏の暮れの虫の声や、遠くで車のドアが閉まる音であったように、丹後半島で鳴らされた音はまだ私の中でも響いている。

*1 「地域型のアートプロジェクトは誰に向けて企画されるのか」「地域にとって望むべき効果とは何か」「それらは美術史におけるどのようなコンテクストと接続されるのか」といったような問い。

*2 今回のリサーチを通して、彼と直接話す機会があったので印象的なエピソードを二つあげておく。ひとつは「決まって元旦には下駄を新調していた」という幼少期の思い出。「視線のレイヤーが明確に更新される」という体験が本当に好きだったとのことで、彼の代表的なシリーズである「点 音」の、特にプレート等を用いた一連の作品にもその影響を指摘できるだろう。新しい下駄がもたらす、視野への新鮮な変化。鑑賞者が立ち止まることで、それまで意識されていなかった音を浮かび上がらせるという彼の作風の原点に触れた気がした。もうひとつは、最初の作品(ハプニング)とされている「階段へものを投げ入れる」話。「階段を落ちる物が、音を立てる」という当然のビジョンを自ら確認したい欲求にとらわれ、行動し(てしまい)、彼は結果としてその瞬間から美術家となった。その日の階段からの光景について話している彼を見て、今もずっと様々なビジョンを想像しては探し続けているのだと思った。

*3 展覧会やプロジェクトを通じて、土地や社会が抱える課題をアートで覆い隠すような行い。アートの持つ「クリエイティブな」イメージで都合の悪い事柄を洗い落とすこと。

記事執筆

 野口 卓海|のぐち たくみ

詩人/美術批評家
写真家・松見拓也とデザイナー・三重野龍とのサイファーのような月刊紙片「bonna nezze kaartz」の発行。主な展示企画として、「人と絵のあいだ」ALL NIGHT HAPS、「神馬啓佑 個展|通話中 / I’m calling」山山、「CUT A LOG」VOU/棒など。

▼「Kaico-参加型アートプロジェクト」各年度のプログラム詳細はこちら
「町を縫う」(2023年度)
「パシャパシャ丹後-はた織りと共にある暮らし」(2024年度)
「音 気 楽 団-機(はた)の妖精にきく-」(2025年度)

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