南丹地域|京丹波町
【育みレポート】では、次世代対象の取組をレポートし、大人でも知っているようで知らない(かもしれない)、文化や芸術の面白さをお伝えしていきます。
今回は、文化を未来に伝える次世代育み事業『学校・アート・出会いプロジェクト』*の「体験プログラム」として、京丹波町立蒲生野中学校で行われた「書道」を体験する『でっかい文字で「校歌」を書こう』のレポートをお届けします。
*京都府内の小中学校(京都市立を除く)、特別支援学校などに文化・芸術の専門家を派遣し、幅広い分野の文化・芸術を体験できるワークショップや鑑賞会を行う、京都府が取り組む次世代向け事業。
文化を未来に伝える次世代育み事業|学校・アート・出会いプロジェクト|体験プログラム
でっかい文字で「校歌」を書こう
学校|京丹波町立蒲生野中学校
対象|美術部部員19名
講師|上田 普
実施日時|2022年8月8日(月)〜9日(火)※夏休み期間中
場所|美術室、柔剣道場
2022年8月8日(月)〜9日(火)に蒲生野(こもの)中学校で実施された、文化を未来に伝える次世代育み事業『学校・アート・出会いプロジェクト』の体験プログラムでは、書家の上田普(うえたひろし)さんを講師に、様々なプログラムが2日間行われました。体験プログラムに参加したのは、中学1年生から3年生までの美術部の部員、19名です。
プログラムはまず「書道」についての解説から始まりました。書道とは、またの名を「入木道(じゅぼくどう)」と言います。これは、書聖と称される中国の書家、王羲之(おうぎし)(303年生-361年没)の筆跡が非常に力強かったため、王が字を書いた木の板を削ってみたところ三分(約9ミリ)の深さにまで墨が染み込んでいたという「入木三分」の故事に由来します。上田さんはこのエピソードに触発され、《痕跡-Trace-》と題した書の作品を作りました。この作品は、何層にも重ねられた半紙に大きな点がひとつ打たれているというものなのですが、その側面には、重ねられた紙に深く染み込んでいく墨の痕跡が残されています。このように、ひとつの点や一本の線だけでも書として成立する。そんな話に、部員たちの書道に対するイメージは大きく揺さぶられたようでした。
続いて、書道に用いる様々な道具類が紹介されました。まず筆について、筆先の素材として最もメジャーなのはイタチや山羊の毛です。他にもタヌキ、馬、猫など動物の毛が用いられますが、上田さんは自身が所有されている珍しい素材の筆、孔雀の羽や狼の毛、ネズミの「髭」だけで作られた筆、竹を素材としたものなどを部員たちに触らせながら、それぞれの使い心地や用途の違いなどを解説されていました。
筆とともに、書道になくてはならないのが墨です。墨は「すす」と「ニカワ」を練って固めたもので、青っぽい発色のものと赤っぽいものとに二分されます。この発色の違いはすすの粒子の大きさによるもので、粒子が粗いほど青く、細かくなるほど赤くなり、青系の墨は松の木を燃したすすから、赤系は植物油のすすからできています。また、墨にはすすとニカワの他に、良い香りがするように龍脳など漢方薬にも使われるようなものが香料として加えられています。
また、墨を擦るための硯は石もしくは陶器でできており、石の種類にも日本産と中国産などで違いがあります。どれが優れているといったことは一概には言えないようで、墨との相性で選ぶそうです。墨にも硬さや粘り気など個性があるため、実際に擦ってみて最も気持ちのいい組み合わせで使うのだとか。
ここから実技に移り、最初に指導されたのは筆の持ち方でした。鉛筆と同じように筆を持つと筆先が寝てしまいよい線は書けません。基本は「一本がけ」もしくは「二本がけ」と呼ばれる持ち方。その基本を確認してから、みんなで線を引きました。まずは普通の線。そして次に強い線。筆先をしならせて、引っ掛けるように引っ張ると線が強くなり、筆圧も安定します。そしてここ一番のキメに使う、非常に強い線を引くためのテクニック、筆先を巻くように潰し、押し込む書き方を練習しました。反対に、柔らかい線を描くときは筆の一番上をつまむように持つのだとか。こうすると筆先に力が入らないので線が柔らかくなります。
漢字とは象形文字が変化したものです。例えば、「左」と「右」では書き順が違いますが、それは象形文字の右手と左手の違いからきています。「左」は左手で道具を持つ形、「右」は右手と口を表しています。(例1)このように象形文字が変化したものであるが故に、字の形には揺らぎがあります。書道三千年の歴史の中で、文字の形は少しずつ変化し続けているのです。「海」という漢字ひとつ取っても、構成要素は同じでもその配置にはいくつかの種類があり、そのどれもが間違いではありません。(例2)実は文字とは自由度があるものなのです。
そんな話を受けて、みんなで創作文字を作りました。ルールは「日(太陽)を示す」=「神」の様に「示(しめすへん)」に別の形を組み合わせて、夏にまつわる漢字を生み出すというもの。しめすへんに寝る(示寝)で「夏休み」といった具合です。
頭も柔らかくなってきたところで、1日目最後のプログラムとして扇子に書を記すことに。どの場所に、どんな大きさで何を書くのか。扇形でガタガタしている慣れない相手に苦心しながら、それぞれが想い想いの文字を書きました。
教室で机に向かっていた1日目とは趣向を変えて、2日目は柔剣道場へと移動し、大きな紙に蒲生野中学校の「校歌」を書いていきます。畳2枚分ほどの巨大な紙が20枚、柔剣道場の床一面に並べられました。それらの大きな紙に対して、筆も両腕でしっかりと抱えないと持ち上げることができないほどの特大サイズです。ここまで大きな筆だと、ひとりの力では上手くコントロールできません。上田さんが、そんなはじめから上手に書くことのできない筆をあえて用意したのは、部員たちが自分の殻を破ってスケールの大きな作品を作ってくれることを期待したからです。
まずは上田さんが校歌のタイトルを揮毫(きごう:書家などが毛筆で文字を書くこと)。それから5つの班に分かれた部員たちが分担して、19枚の紙に校歌を書いていきました。
この2日間のプログラムを通じて、上田さんが繰り返し伝えたのは「書は面白い」ということ。書道にはどうしても堅いイメージがあります。でも本当は自由で面白い。それをもっとみんなに知ってほしい。そして、文字を書くということは、「文字で表現する」ということでもあります。表現であるからこそ、人それぞれに違いがあります。その違いを面白いと思える感性、他人の表現を面白がることができ、そしてその姿を見て自分もチャレンジしていく姿勢を、このプログラムを通じて育てたい。楽しそうに書と格闘する部員たちの姿を見ていると、どうやらその狙いは達成されたようです。
取材・文責・写真|宮下忠也(京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当)
作品写真提供|上田普
(記事執筆:宮下忠也(京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当))