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[アーカイブ] 川田知志さん|クリエイターズファイル

丹後地域|京丹後市

本記事は、2021年度にWEBサイト【京都府地域文化創造促進事業】内「クリエイターズファイル」に掲載したアーカイブ記事です。

甲山の麓にあるアトリエのメインキャンバス

京都府最西北の町にある久美浜湾を見下ろす甲山(かぶとやま)。その麓に広がる長閑な田園地帯の端に、アーティスト川田知志さんのアトリエはあります。建具店を改装したアトリエは、壁一面が大きなキャンバスとなり、川田さんが思う存分、創作活動に没頭できる空間です。

アトリエの中に入ると、手作りした棚に色とりどりの顔料(色の粉)が整然と並んでいます。川田さんは作品に合わせて、様々な画材を自ら調合します。絵具は、膠(にかわ)と混ぜると日本画材に、アラビアゴムと混ぜると水彩絵具に、その他にも顔料に混ぜる糊を使い分けることでアクリル絵具、パステルまで自作することができます。川田さんは、それらを作品に合わせて使い分けています。さらにそれぞれの画材のサンプルは一目で見やすくチャートにされており、そんなところに几帳面な性格が表れています。

画材の原材料である顔料が並ぶ棚。ここから自由自在に画材を作り出します。

色のサンプルチャート

川田さんが作品制作で主に使う技法は「フレスコ画」です。壁に漆喰を塗り、乾燥する前に、水で溶いた顔料で塗り描く技法です。乾燥するとガラス質に似たバリア層ができ、色が定着します。定着剤(糊)を使っていないため、顔料が鮮やか/新鮮に発色します。イタリア語のフレスコ(fresco)は、英語の fresh(新鮮な)の語源でもあります。

フレスコ画について丁寧に説明してくださる川田さん

2021年の春に引っ越してきたこのアトリエ兼住居は、一見アトリエとはわからないくらいひっそりとしてますが、夜になると暗闇に浮かび上がるギャラリーのように大変身します。

昼間のアトリエ。車で通る人達の目には昔と変わらない外観。

夜のアトリエ。意図せずともオープンギャラリーのような空間になっています。 (写真提供:川田知志)

創作の合間にランニングするアトリエ近くの直線道路。川田さんお気に入りの場所です。

川田さんが生まれ育ったのは大阪、淀川沿いの下町です。子供の頃から絵を描くことが特別に好きだったというわけではなく、小学生時代は放課後に近所の友達とドッジボールなどをして走り回って遊ぶ少年だったそうです。高校では地元の公立校に通い、大学を目指して受験勉強をするうちに、当時、グラフィティ(*1)、ヒップホップカルチャー(*2)に惹かれていたことから、壁画を学べる美術大学への受験を決めたそうです。入学したのは、国内で唯一壁画の学科がある大学でした。そこは伝統的な絵画手法を学ぶ学科で、その時初めてフレスコ画に出会ったそうです。さらに大学院にも進学し、その頃にはフレスコ画も自身の表現に定着し壁画を社会にどのような形で発表していくかの答えを模索しました。修了後も非常勤講師をしながら、粛々と技法の研究活動を続けていました。

*1 グラフィティ(Graffiti:英語では落書きの意)は、主にスプレーを用いて、電車の車両や高架下の壁など、公共の場に描かれる文字および絵のこと。

*2 ヒップホップカルチャー DJ、ラップ、ダンス、グラフィティを主要な活動領域とする音楽文化。 1970年代にニューヨーク市ブロンクス区の公園や街頭で開催されていたブロック・パーティと呼ばれる野外イベントに起源を持つ。

 

2015年、京都市立芸術センターでのグループ展に出展した際に、川田さん独自の壁画作品の発表方法がわかり始めたそうです。その後は公共空間で制作発表をするプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンス(AIR)に参加するなど、積極的に発表を続け、作品発表の場を開拓していきました。そんな中で、空間に制作発表するだけが壁画ではないという考えを持つようになり、「壁画を移動させること」も川田さん特有の表現技法へと発展していきました。

また、2018年に中国のAIRで発表した作品《Time Sequence on Wall》は、時を素材にした作品です。この作品は建設中の建物構造に直接描画したもので、現在は壁面の裏側に隠れているので、見ることはできませんが、もしかしたら数十年後、建物が解体されるときに壁画が偶然発見されることを想定し制作されました。その発見された時の新鮮な衝撃は、洞窟壁画を発見した時のような鑑賞の原体験になることを期待しています。組み込まれた《Time Sequence on Wall》は、数十年後の未来の人たちが鑑賞者となる、時を超えて完成する未完の大作です。

中国四川省成都での滞在制作作品《Time Sequence of Wall》2018 素材:アクリス絵具,合成樹脂塗料 A4 ART Museum建築途中地区 (写真提供:川田知志)

様々な土地で滞在制作を経験し、そこで目に映る周辺の植物、景色、風景などをモチーフに壁画制作を続け、壁を風景ごと移動させて発表するなど自身の表現方法を深めていきました。いろんな地域で滞在制作をする中、無意識のうちにモチーフが郊外の風景になっていったそうです。それはコロナ禍となり移動制限が課され世界中で生活様式の見直しを求められた時、今まで日本各地で見てきた郊外の風景がどこも似通っていることに気づきました。その謎を解くように、意識して「郊外の景色」に着目するようになりました。

《郊外観光 ~Time Capsule Media 3》2020 素材:トタン板、麻布、油絵具、釘、タッカー、合成樹脂塗料、ドブメッキフェンス、メガネ石、木材 (撮影:木奥惠三)

《未来の一点》(90cm×160cm) 2021 素材:ジェスモナイト、砂、漆喰、顔料、水性ゴム、合成樹脂塗料 (写真提供:川田知志)

左から 《トクベナシミナイト》(H2900mm × W1250mm), 《ワニノサリアン》(H2950mm️ × W1310mm), 《ケシキサリアン》(H2920mm × W1520mm), 《スナヤマノナイト》(H3040mm × W1770mm), 《カタヤワノジュール》(H3000mm️ × W1570mm) 2021 素材:顔料、漆喰、膠、水性ゴム、JESMONITE® AC730 (撮影:来田 猛、提供:京都市立芸術大学)

アトリエにあった移動を待つ壁画作品

アトリエでの創作は、常に実験であり途中経過の活動。衝動的でも感情的でもなく、淡々と画材や技法を探求していきます。そうして自身の表現を高めていくことがアーティスト川田さんの生き方と言えるかもしれません。現在は3m×15mの陶壁画を構想しているそうです。創作に集中できる京丹後の広いアトリエから生まれる、ストイックに素材や技法を探求し、進化し続ける川田さんの作品がどんな形になっていくのか今後の活動からも目が離せません。


写真:前谷開

川田知志
大阪府生まれ。大学でフレスコ画を学んだのち、銭湯や市役所などの様々な公共空間で制作、発表。
都市近郊の均質化した景色をモチーフにしながら現代社会を記憶する壁画を目指し、活動している。

主な展覧会に“彼方からの手紙” (ARTCOURTGALLERY/大阪, 2022)
“Slow Culture” (ギャラリー@KCUA/京都, 2021)
Tokyo Midtown Award2020,(Tokyo Midtown/東京, 2020)
SUBJECT/OBJECT(ANTEROOM Gallery 9.5/京都, 2020)
“セレブレーション-日本ポーランド現代美術展-” (京都, ポズナン, シュチェチン, 2019)
“拆(倒)” (A4 ART MUSEUM/成都, 中国, 2018)など、2019年に平成30年度京都市芸術新人賞を受賞。


取材日|2022年3月7日
取材・文章・写真|甲斐少夜子(京都府地域アートマネージャー ・丹後地域担当)