丹後地域|京丹後市
本記事は、2021年度にWEBサイト【京都府地域文化創造促進事業】内「クリエイターズファイル」に掲載したアーカイブ記事です。
日本の標準時間を刻む、子午線最北端に位置する京丹後市網野町にある八丁浜。その海岸から歩いてすぐの場所に、提灯職人である小嶋俊さんの工房「小嶋庵」はあります。
俊さんがこの地に初めて訪れたのは20代前半の夏。透き通ったエメラルドグリーンの日本海を見て、「こんなところにいつか住めたらいいなぁ〜」と思ったそうです。
京都市内に生まれ育った俊さんのご実家は、今から約 200 年前、江戸時代中期に創業した「小嶋商店」。曲げわっぱの枠作りから始まり、提灯問屋、お祖父様の代に提灯製造へと変遷し、現在は京丹後で俊さんが「竹割り」、京都市内で弟さんが「糸吊り」「紙貼り」、お父様が「絵入れ」をする分業制で提灯づくりを継承されています。
俊さんは、お祖父様とお父様、3人の職人さん達が作業する工房で育ち、高校卒業後すぐに提灯づくりの道に入りました。
「小嶋商店」の提灯は、「地貼り式」という伝統技法に拘り続けています。祇園・南座の門を飾る八尺の巨大サイズから、インテリア照明、アーティストから依頼されるものまで手掛けています。ただし、どれも基本の提灯づくりの技法は何一つ変わらず同じです。
一時期、従来の問屋に納める提灯だけではなく、別に何かできることはないかと模索し、百貨店での実演販売や営業活動などもされていました。そんな折、「PASS THE BATON」というセレクトリサイクルショップで空間演出のための提灯として使ってもらえる機会に恵まれました。自分たちの作った提灯が生み出した空間に鳥肌が立ち、「おれらの作る提灯、めっちゃカッコええやん!」と思ったそうです。あれこれ言葉で説明するよりも、自分たちの作る提灯を見てもらい、そこに宿るものづくりスピリットを感じてもらえたらそれで十分、とそこからはストレスを感じることなく作ることに専念されました。
そうして提灯自体が宣伝媒体となり、数珠つなぎのように人から人へ、雑誌やテレビなどにも取り上げられ、海外からも問い合わせがくるほどまでになりました。メンバーも増え、小嶋商店を法人化し、ビジネスが軌道に乗って展開していくかと思った矢先、新型コロナウィルスの流行。
イベント自粛となり、祭で活躍する提灯需要は激減。
「この先どうなるんやろ?」と鬱々とする中、気分転換にと、毎年訪れている奥さまの祖父母が暮らす京丹後の海に、家族みんなで出かけました。目の前に広がる透き通った綺麗な海を見て、3人のお子さん、奥さん、家族みんながニコニコ笑顔で生き生きしている様子に、俊さんは、「ここで提灯づくりできたら楽しいやろな〜。子供たちが思春期になったら引っ越すの大変やし、いつか住みたいしな〜。引っ越しするなら今しかないやん!」と心を決め、2021 年夏に移住されました。
京丹後での俊さんのものづくりは、小嶋商店の提灯づくりの「竹割り」部門をリモートで担当されています。17 年以上のキャリアになる竹捌きの作業はニュートラルな状態で手を動かすことができ、考えを巡らせたり、妄想したりする時間になっているそうです。
小嶋庵では、奥さま、ご近所ママさん達と一緒に、地域に開いた「海辺のちょうちん屋さん」を目指し、いろんなことにチャレンジしていきたいそうです。
「ただいま〜」と、小学校から帰ってきたお子さんを、「おかえり〜」と作業しながら嬉しそうな顔で迎える俊さん。彼の子供時代の遊び場だった作業場の風景と重なっているようです。
ここでは小さなお子さんがいらっしゃるママさん達が働ける場として、時間をきっちりと決めるのではなく自由な時間に出入りしてもらい、時には材料を持ち帰り内職したりと、暮らしのリズムに合わせて働ける場づくりも大切にされています。また、地域の人たちに気軽に立ち寄ってもらえるよう、ワークショップなども企画されています。おとなたちが和気藹々と楽しんで働いている環境の中で育つ子供たちが、将来、提灯職人になる可能性もあるかもしれません。
「想い描いていたことがポンと現実になった時の感覚が好き。今が人生で一番バタバタしているけれどサイコーに楽しい!」と、「好きな場所で奔放に」を体現し、伝統工芸の継承を現代の生活様式に合わせて柔軟にかつ自然体でチャレンジしている俊さん。
彼の目には、一目惚れした海辺の町がたくさんの提灯に照らされ、人々が集っている光景がハッキリと見えているようです。
小嶋俊
1985 年京都市生まれ。高校卒業後、家業の小嶋商店にて職人としての道を歩みだす。寺社や商店の提灯の他、南座の大提灯4尺永など、先祖代々伝わる木型を使用し大小様々な提灯を製作。現代的な内装照明やインスタレーションも手がけ、京提灯の魅力を発信している。2021 年 10 月京丹後に小嶋庵を設立。 「暮らす」ということを見つめ直し、新たな提灯の可能性を模索している。 (写真提供 小嶋庵)
取材日:2022年2月21日
取材・文章・写真 甲斐少夜子(京都府地域アートマネージャー ・丹後担当)