山城地域|精華町
『リアルのコンサートホールで何ができる?』
~コンサートホールで次世代の聴衆を育てる~
2023年1月25日(水)に行われた研修イベント『リアルのコンサートホールで何ができる?~コンサートホールで次世代の聴衆を育てる~』では、「チェロ&ピアノで贈る参加型コンサート」、コンサートに出演した2名の演奏者とのふりかえりトークを行った後、山城地域のコンサートホールで特色ある企画を実施する企画担当者たちとのトークディスカッションを行いました。レポート後半は、このトークディスカッションの様子をお届けします。
第2部 B 「コンサートホールで次世代の聴衆を育てる」トークディスカッション
3つのホールと3人の企画担当者たち
宇治市文化会館(宇治市)、文化パルク城陽(城陽市)、京都府立けいはんなホール(相楽郡精華町)から企画担当者をお招きしたトークディスカッションは、ホールの特色とともに、それぞれの担当者が仕事をする上で大切にしている考え方や工夫などを教えていただくことからスタートしました。
まず最初の宇治市文化会館は、2022年4月に運営主体が、長年担っていた宇治市の財団からアクティオ株式会社に代わり、クラシック音楽を中心とした様々な主催コンサートに加え、オリジナルの開演チャイムや「館長の部屋」と名付けられたユニークな情報発信ツールを開発するなど、新たな取組を次々と打ち出して注目を集めています。プロデューサーとしてこの館の魅力を発信する館長の橋本恭一さんは、ご自身のキャリアの中で培われたお客様に向き合う姿勢について語ってくださいました。
「私のキャリアのスタートは中学校の音楽教師で、やる気のない中学生をいかに本気で歌える、表現できる子に育てるかに傾注するなか、音楽室に入ってから出るまでに何か1つ子どもたちに与えられるようにしようと毎回の授業で考えていました。その延長が今の仕事にあって、お客様がチケットを買い、ホールまで足を運び、その時間集中して音楽を聴こうとしてくださる。それに対して、我々がどれだけのものを差し上げられるかということを常に考えています。このホールでまさかこんな感動があると思っていなかったとお客様の期待を良い意味で裏切り、それが次の来場につながればと思っています」
次に、ユニークな外観が特徴的な文化パルク城陽は、コンサートホールの他にプラネタリウムや図書館、歴史民俗資料館などを備え、市民の幅広いニーズを満たす施設として親しまれています。年間の公演回数が多く、大小様々、幅広いジャンルの催しを実施するこの施設で、事業部隊を率いるのが西田陽子さんです。20年に渡り定期公演を行う関西フィルハーモニー管弦楽団との信頼関係を育ててこられた西田さんは、事業運営のベースとなる考え方を教えてくださいました。
「今の若い人たちは色々な能力があって、テクノロジーを使ったり、YouTubeで音楽をマスターしたり、(音楽を学び表現する上で)我々が経てきたプロセスが省かれている部分もありますが、そういう人たちにも生の音を聴く機会を提供できるのが私たちの仕事だと思っています。公演に来てくれたアーティスト、地域で活動する音楽家や指導者たちなど、様々な人たちとのつながりを地道に構築し、それをベースに事業を展開していくことが大事だと思っています」
そして、関西文化学術研究都市の中心に位置する京都府立けいはんなホールは、ゆったりとした客席やオーケストラピットなど充実した設備を整え、国内外アーティストの公演を行うほか、地域のアマチュアオーケストラや吹奏楽団の活動もサポートしています。経営再建で事業を自由に展開できなかった期間が終り、再出発の時期と重なったコロナ禍においても、職員の伊藤佐和子さんは、次世代の聴衆を育てるため公演プラスアルファの付加価値の創造に取り組んでこられました。
「コンサートホールは、演奏する側、聴く側、作り手(スタッフ)、それぞれのエネルギーを感じ合える場です。特にクラシック音楽は理解できると演奏をより楽しめるので、演奏者とお客様の間にコミュニケーションを創り出すことに力を入れています。曲間のトークはもちろん、客席から演奏者に質問する機会を作るなど、演奏者の人となりや彼らのメッセージをお客様に届け、その次の演奏をさらに楽しむ、そんなサイクルが生まれることを念頭に置いています」
それぞれの「次世代の聴衆」育成論
企画者として、コンサートがある日もない日も客席に座るお客様の姿をイメージし、お客様に何を届けたいかを考え続ける3人に、「次世代の聴衆を育てること」について伺いました。
宇治市文化会館の橋本さんは、「次世代の聴衆」は言葉のイメージのまま必ずしも若者を指すわけではなく、クラシックコンサートの主な客層となっている高齢者層の”次の世代“に視線を向けつつ、長い年月をかけて「次世代の聴衆」を育てる必要性を語ってくださいました。
「50~60代くらいの人たちが定年を見据えて、少しゆっくりできるからコンサートホールに足を運んでみようかと思ってもらえるように、今のうちから若い人たちに感動体験を積み上げてもらうくらいの長丁場で考えています。我々が身を置くパフォーミングアーツは、1公演の集客が1,000人程度の極めて矮小なマーケットです。だからこそ、1人1人のお客様により丁寧に、よりディープに情報や魅力を伝える作業を繰り返し行い、このマーケットを耕し続けるという視点が大切なのではないかと思います」
文化パルク城陽の西田さんは、実際に行う次世代向け事業でのアプロ―チを紹介しながら、子どもたちと音楽との出会いを作るホールの役割について話してくださいました。
「次世代への取組は地域の芸術家の協力なしにはできなくて、子どもたちが楽しめる企画をしてもらうために、日頃から子どもたちと接している方々に企画に入ってもらったり、子どもたちが参加できるワークショップから本公演につなげるなどの工夫をしています。私自身、プロモーター(※)から事業提案を受けるとき、知らないアーティストを提案されることも多いのですが、その度に若い職員に「この人知ってる?」と聞いていて、彼らが教えてくれることで新しいアーティストやジャンルへの扉が開くんです。それと同じように、子どもたちが音楽などの芸術に出会う最初の扉を開くような役割をホールが担えるのではないかと思っています」
※コンサートホールなどに対して、アーティストや楽団などの公演を提案営業する事業者のこと
けいはんなホールは、音楽のほかにもダンスや演劇など多ジャンルの事業を行い、アーティストと触れ合える拠点としての機能を地域の中で作ろうとしています。その中心的役割を果たす伊藤さんは、公共ホールのあり方とともに次世代の聴衆育成について語ってくださいました。
「地域のお客様、特に若い世代の方々には、色々なジャンルの舞台芸術に触れていただきたいと思っています。コンサートホールというと音楽のイメージがあるかもしれませんが、ダンスや演劇でも舞台に立つ表現者に出会い、彼らの表現をじっくりと感じて欲しいです。そこで触れたものに共感した経験がお客様自身の表現活動や次の鑑賞体験にもつながり、新たな共感を得るためにまたホールに足を運ぶという循環を作り出すことが、公共ホールのあるべき姿なのかなと思っています」
客席とのセッション
客席では、同じようにコンサートホールで企画を担当する方や、若い学生の方、また地域で文化芸術活動に携わる方など、多くのお客様が熱心にこのトークディスカッションを聞いてくださり、様々な意見をいただきました。
山城地域の他の自治体でコンサートホールを運営する方は、“次世代の聴衆を育てる”ことに対する意見をくださるとともに、自身のホール運営に対する考えについても共有してくださいました。
「若い聴衆を増やすことより、利用者を増やすことに力を入れたいと考えています。1つ1つの事業、(学校単位で行う)鑑賞教室でもピアノ開放でも、何でも良いので、それがきっかけでホールの利用につながる、そういう展開を期待しています。その中で、(ジャンルや実演形態などに拘らず)ホールの楽しみ方をお客様に伝えていくように展開することが大事だと思っています」と自身のホール運営に関する考えを共有していただきました。
また、別の方からは、「1人で鑑賞する場合、その日もし感動しても感想を持ち帰ることしかできないので、その場で感想を共有するなどの機会があったらいいなと思いました」という提案も寄せられました。これには、宇治市文化会館の橋本さんが、「欧米ではポストショーと言って、今日のふりかえりトークのような、開かれた場所で感想を語り合うみたいな場がわりと日常的にあるんです。本番の空気とはまた違った雰囲気で、演奏者が演奏の意図や本音を言ってくれたりして、お客様にとっても(演奏者やホールに)親しみを持つきっかけになります。今は便利な時代で、コンサートが終わったらSNS上で感想を言い合うなどのやりとりを通して、お客様はその余韻を楽しんでおられるのかなと思いますが、そういった感想を共有する場をそれぞれの小屋(ホール)で形にしていけば、お客様同士の交流がホールとの交流にも発展していくのかなと思います」と答えてくださいました。
ホールの楽しみ方を伝えていくこと
宇治市文化会館では、コンサートが始まる直前に、館長の橋本さん自らが鑑賞のコツを客席に向けて伝えるという取組をされています。これは、“聴衆を育てる”の具体的な取組として行っているのかを橋本さんに伺うと、とても大事な視点を交えて話してくださいました。
「(鑑賞のコツを)お客様に“教える”というスタンスになると偉そうになってしまって途端にお客様はひゅっと引いてしまわれるので、まず、その辺の距離感はすごく大事だと思っています。お客様は、良いなと思うものを素直に求めて聴きに来られているだけで、必ずしも上質なものを求めたり、向上したいと思っているわけではありません。ですから、こういう方法もあり得ますよと、選択肢の1つとして鑑賞のコツを提案しています。その提案を採り入れるなかで、お客様自身がより鑑賞することを楽しんでいただけたら嬉しいですが、伝え方のさじ加減がなかなか難しいなといつも感じています」
細やかに気を配った橋本さんのような提案の仕方は、ホールと聴衆との心地良い距離感を作っていく過程において、とても大切な視点になってくるのかもしれません。
また、文化パルク城陽の西田さんは、演奏者のお客様へのスタンスも鑑賞のハードルを下げる助けになることを、あるエピソードを通して教えてくださいました。
「関西フィルのある公演を客席で聴いたとき、コンチェルトの楽章間で拍手が起こったことがあるんです。通常、クラシックコンサートでは楽章間で拍手することは御法度と思われているので、その時も客席がちょっとピリっとした雰囲気になったんですけど、指揮者の藤岡さんは、特に怒っている様子もなく少し会釈して演奏を続けられました。演奏会後、藤岡さんのフェイスブックを覗くと、その時のことについて、“楽章間で拍手が起こるということは、初めてクラシックを聴くお客様が来てくださっているということで、それを大変嬉しく感じたし、決してそういうお客様を責めないでほしい”と言及されていました。クラシック音楽に対して敷居が高いと感じる人たちにとってはとてもありがたい言葉ですし、お客様がホールの楽しみ方を覚えて行かれる過程で、そういった演奏者の前向きな歩み寄りに触れると、とても心強いなと感じます」
客席の声と企画担当者たちの情熱
客席でこのトークディスカッションに参加していただいた方々からは、「“次世代の聴衆を育てる”という壮大なテーマに切り込む勇気がすごいと思った」(40代)、「クラシックコンサートの楽章間で拍手が出たことを、タブー視することではなく、クラシック初体験のお客様が来ていることだと前向きに捉えた話が印象的だった」(30代)などの感想が寄せられました。
“コンサートホールで次世代の聴衆を育てる”というテーマは、山城地域だけでなく日本中また世界中のコンサートホールにとって普遍的なテーマです。デジタルやオンライン配信でも質の高いエンターテインメントを享受できる現代において、生の音楽に触れられる場としての、リアルのコンサートホールの素晴らしさを次の世代に伝えていくことは、捉え方によっては、難しいお題となるのかもしれません。ですが、3人の企画担当者の話を聞いていると、それぞれの課題を前向きに捉え、チャレンジすることを楽しんでいるようにさえ感じます。きっとそれは、リアルのコンサートホールでの、人と人のやりとり、人と音楽との出会い、また、そのときに生まれるエネルギーを目の当たりにし、その素晴らしさを次世代に伝えるという使命に、誇りをもって取り組んでおられるからだと思います。山城地域の資源であり大きな誇りとも言える、各地域のコンサートホールの発展と企画担当者たちの活躍に期待しつつ、“コンサートホールで次世代の聴衆を育てる”というテーマにこれからも関心を持ち続けたいと思います。
リアルのコンサートホールで何ができる?~コンサートホールで次世代の聴衆を育てる~ 概要
日程 | 2023年1月25日(水)
時間 | 13:45~16:30(受付開始13:15)
会場 | けいはんなプラザ メインホール(相楽郡精華町光台1-7)
参加費 | 無料
出演・登壇 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)、橋本恭一(宇治市文化会館)、西田陽子(文化パルク城陽)、伊藤佐和子(京都府立けいはんなホール)
主催 | 京都:Re-Search実行委員会
後援 | 精華町
第1部 チェロ&ピアノで贈る参加型コンサート
時間 | 13:45~14:30
出演 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)
第2部 A 参加型コンサートのふりかえりトーク
時間 | 14:45~15:15
登壇 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)
進行 | 西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城地域担当)
第2部 B 「コンサートホールで次世代の聴衆を育てる」トークディスカッション
時間 | 15:30~16:30
登壇 | 橋本恭一(宇治市文化会館)、西田陽子(文化パルク城陽)、伊藤佐和子(京都府立けいはんなホール)
進行 | 西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城地域担当)
演奏者のプロフィール等、詳細はこちら
(記事執筆:西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城担当))