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[研修レポート]リアルのコンサートホールで何ができる?|前編|参加型コンサート

山城地域|精華町

『リアルのコンサートホールで何ができる?』
~コンサートホールで次世代の聴衆を育てる~

京都府南部に位置する山城地域では、優れた企画力と運営力を有するコンサートホールが点在し、豊かな音楽文化を醸成しています。2023年1月25日(水)、京都府相楽郡精華町のけいはんなホールで、そのコンサートホールに関わる研修イベントを開催しました。

スマートフォンやパソコンでエンターテインメントを手軽に楽しめるライフスタイルの到来に加え、COVID19の流行がきっかけとなり“オンライン配信”という新たなメディアがここ数年で爆発的に浸透する中、既存の顧客層に加え、若い世代を中心とした次世代の聴衆にも、生の音を楽しむリアルのコンサートホールの魅力を伝えていく必要性が高まっています。

この研修イベントでは、最初に次世代の聴衆向けコンテンツとして提案する「チェロ&ピアノで贈る参加型コンサート~コンサートホールの“音”をもっと楽しもう!」を実施し、次に演奏者たちとコンサートをふりかえるトークセッション、最後に山城地域のコンサートホール企画担当者たちと「次世代の聴衆育成」などを話し合うトークディスカッションを行いました。

レポート前編では、参加型コンサートと、演奏者たちとのふりかえりトークの様子をお届けします。

 

「チェロ&ピアノで贈る参加型コンサート~コンサートホールの“音”をもっと楽しもう!」

出演 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)

プログラム |
M.サマー:Julie-O
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 よりプレリュード、アルマンド、サラバンド、ジーグ
A.C.ジョビン:イパネマの娘
鈴木潤:マイレゲエ
音楽ワークショップ~コンサートホールの“音”をもっと楽しもう!

 

このコンサートは、次世代を含む聴衆の方々に、クラシック、ボサノバ、現代曲など多様な曲目の中にジャンルを超えた音楽のつながりを感じてもらい、また演奏された曲を受動的に聴くだけでなく、ステージの演奏者との音のやりとりなどを通して能動的に音楽や音を楽しんでもらうことを目的として企画されました。

コンサート前半は、けいはんなホールの素晴らしい響きの中で、北口大輔さんによるチェロの独奏をお贈りしました。躍動的なリズムと鮮やかな旋律が印象的な現代曲《Julie-O》に続き、西洋クラシック音楽の源流に位置づけられる作曲家J.S.バッハの《無伴奏チェロ組曲》第1番では、磨き上げられた精緻なチェロの音色がコンサートホールを満たしました。

 

北口さんは、コンサートの中で、「生の音に接するということは、その場限りの音に接するということ。1回の演奏ごとにテンポも表情も違い、コンサートホールでこそ、そんな “生きた芸術”に接して、人間としての感性を豊かにする経験を日常の中に採り入れてほしいです」と客席の聴衆に語りかけました。

続いて、鍵盤奏者で作曲家でもある鈴木潤さんと北口さんが、ボサノバの名曲A.C.ジョビンの《イパネマの娘》、鈴木さん作曲の《マイレゲエ》を演奏し、様々なリズムやメロディに彩られた音楽を洗練されたセッションで聴かせてくださいました。

コンサート後半は、鈴木さんのリードで《音楽ワークショップ》が行われました。“コンサートホールと言えばクラシック音楽”という何となく一般的なこの固定観念を一旦脇に置き、ホールの音そのものをより能動的に楽しんでほしいという想いと、「コンサートホールでは(演奏者が演奏する以外にも)もっと色々なことができるのではないか」という提案が織り交ぜられました。

《音楽ワークショップ》の導入部ではゲームのような感覚で、鈴木さんが手拍子で出す音やリズムを聴衆が真似ることを繰り返して、まずはリラックスした雰囲気が作り出されました。その後、全員で「あ!」と声を出してその反響を聴くことでホールという空間での音の拡がりを感じたり、手を叩いて音程を作り(頭上で手を叩くのと足元で手を叩くので音程が変わる!)《かえるの歌》を演奏してみたりと、ホール内は一気に楽しい雰囲気に包まれました。さらに、プログラム用紙や手・足を使って音を鳴らす聴衆に呼応して演奏者が楽器で音を鳴らす、ということを交互に行い、コンサートホール全体から一つのうねりのように音楽が創り出されました。

このワークショップからの流れで、聴衆が創り出すリズムで最後の演奏が始まりました。この日は京都府立南陽高等学校・附属中学校3年生が客席で鑑賞したこともあって、同校の校歌をアレンジした一曲で客席と舞台が一体となり、爽やかな合奏で45分間のコンサートは幕を閉じました。

 

参加型コンサートのふりかえりトーク

(ファシリテーター:西尾晶子/京都府地域アートマネージャー・山城地域担当)

音楽になる前の“音”を楽しむということ

ふりかえりトークの冒頭、各地のコンサートホールで演奏するチェリストの北口さんは、「演奏者は普段、会場全体の空気を感じながら演奏しているし、拍手などを通してお客様とコミュニケーションが取れると思っているけど、今日は実際に(お客様と)音のやりとりをして新鮮で面白かったです」とコンサートの感想を述べました。

それに続き、ピアノを弾いた鈴木さんは、「ポップスの場合、演奏者はモニタースピーカーという、自分の音をチェックするためのスピーカーの音を聴きながら演奏するのですが、良いミュージシャンはモニターの音だけでなく、客席に向けたスピーカーから出る音が会場の壁に反響した音など、会場全体の音を聴きながら演奏します。そういう意味では、北口さんが言う“会場全体の空気を感じながら演奏する”という部分は(クラシックとポップスで)近いところがあるかもしれない」と語りました。

コンサートホールは音楽を楽しむ場所ですが、同時に、音楽を形作る一つ一つの“音”をより聴きやすい形で客席に届けられる場所でもあります。音楽になる前の”音“を楽しむことについて、鈴木さんに伺いました。

「(音名として使われる)“ド”とか“レ”とか“ミ”とかっていうのは、ここからここの音程を“ド”と呼びましょうと決めた容れ物みたいなもので、実体がないもの。今ピアノで出した“ド”の音は、その場で響きとなってコンサートホールの色々な壁にぶつかって、客席のみなさんのところに届き、消えてなくなるんですね。その連続として起きていることが音楽で、同じようなことが起こせたら素敵だなと思うから、“ドレミ”という音の分類が行われ、楽譜に書くことが発達したのだろうけど、分類のカゴそのものは音楽ではないのかなと思っています。音楽の作品について語るとき、同じドレミ(楽譜)で演奏したものは同じ音楽だと言っちゃうことが多いけど、それは同じシナリオだというくらいアバウトなことです。同じシナリオを違う人が朗読したら違うように、同じドレミ(楽譜)の演奏は誰が演奏しても二度と同じようにはできない。音というのは誰かが出したその瞬間に消えていくものであり、音を聴いたその瞬間に(音を奏でる)その人の存在を感じることが大事なことなのではないかと思います」

誰かが一度奏でたその音には、二度と出会えない。だからこそ、そこにある一つ一つの“音”は尊いのだということを、鈴木さんが教えてくださいました。

 

リアルとオンラインでの音の楽しみ方の違い

オンラインでも音楽コンテンツを配信しているお二人には、リアルとオンラインでの音の楽しみ方の違いについても話を伺いました。

まず、北口さんから、「オンラインは、音質を追求することは無理だけど、その演奏者が何を考え何をやりたいかを伝えることは十分できます。オンラインの演奏を聴いてみて、その人が実際にステージに出てきた時にどうなのか、想像と近いのか、全然違うじゃない!と思うのか、良い意味も悪い意味もあると思うけど、そうやって違いを楽しむことはできるんじゃないでしょうか」と提案していただきました。

また、鈴木さんは、「オンラインでセッションすると、どうしてもタイムラグが生じてしまい、それを最初は問題だと思っていたのですが、即興の種類によってはライムラグって全然気にならないし、普段音を出すタイミングが合っているということが実は思い込みなのかも、と不思議な感覚を持ちました」とご自身の体験を語ってくださいました。

「タイミング」と言えば、北口さんが演奏するオーケストラは、多い時には100人近い奏者が指揮者の合図で同時に音を出します。大勢の奏者が同時に「タイミング」を取って音を出すことについて、北口さんに伺いました。

「海外の一流オーケストラの演奏を近い距離感で聴くと、(各奏者の音が)バラバラで演奏がかなりズレて聞こえることがあります。奏者1人1人がこう弾きたいという思いが強いからズレるのですが、そのズレが音の響きを増幅させ、不思議なことに、そういう場合は多少ズレていても聴いている方は全然気にならないんです。逆に全体の音の意思が強くなって、客席の後方で聴くと、分厚い音の響きを楽しめる場合もあります。オケが音を鳴らすとき、指揮者の合図でタイミングを合わせているように思われがちですが、じつは、指揮棒が降りたポイントでタイミングを合わせているのではなく、各奏者が舞台上の演奏位置や音が飛ぶスピードを計算し、客席で聴いた時に演奏がぴったり合うように調整しながら、わずかな幅を持って音を出すタイミングを取っています」と、コンサートホールという空間で、大勢が同じタイミングで音を出す時の工夫を教えてくださいました。

 

次世代の聴衆にどんな音楽を届けるか

最後に、次世代の聴衆に向けて、「これからどんな演奏を聴いてほしいか」「どんな音楽を彼らに届けたいか」についてお二人に伺いました。

「聴きたいものを聴くことが、その人の人生にとっては一番良いと思います。クラシック音楽に興味がない人が無理して聴く必要はないし、今日みたいにたまたま触れる機会があって、クラシックもなんか良かったなと思ってくれたらそれでいいと思っています。芸術は押しつけるものではないし、無理しても続かないです。でも興味があれば、行動に移してみるというのは大事かもしれないですね」という北口さんに続き、鈴木さんは、「僕自身もコンピューターで音楽を創ったりするし、(若い人たちは)デジタルな世代になっていく中、デジタルでも素敵なことはたくさんできると思うけど、“この音楽を聴くとなぜ踊りたくなるんだろう”とか、“誰かと一緒に音を出すと何で楽しいんだろう”というところを掘り下げるのはけっこう楽しいと思います。誰かと一緒に演奏したり、生の音を聴く楽しさはぜひなくならないでほしいですね」と語ってくださいました。

 

客席の声と演奏者二人から得たヒント

参加型コンサートでは、「なかなか聴くことのないチェロの音を生で聴けて貴重な体験になった」(中学生)など、けいはんなホールの素晴らしい響きの中で演奏を楽しんだという感想が多く寄せられ、中には「ウクレレを持って老人ホームを回っているが、音楽ワークショップのスイッチのリズム遊びを使ってみようと思った」(50代)など自身の活動へのヒントとして生かす聴衆の姿も見られました。

コンサートホールでクラシックを主に演奏する北口さんと、コンサートホールではない場所(ライブ会場や学校など)で演奏活動や音楽ワークショップを行う鈴木さん。お二人が、ジャンルを超えて音楽という共通言語で会話(演奏)をし、そこに(一部ではありますが)音楽ワークショップの形で聴衆が参加する姿は、コンサートホールで音楽や音を楽しむヒントになったのではないかと思います。

さらに、コンサート後に演奏者が自らの演奏を振り返り、音楽や音をどのように捉えているかなどの問いに聴衆と共に向き合う機会はそれほど多くありません。演奏者の視点や経験を共有することは、演奏者や音楽への親しみをもたらすだけでなく、そういった体験ができたコンサートホールへの愛着に変わり、コンサートホールでまた新たな演奏者に出会いたいという、コンサートホールへの期待にもつながるのではないでしょうか。

 

次回、レポート後半では、山城地域の音楽ホール企画担当者たちと行ったトークディスカッションの様子をお届けします。

[研修レポート]リアルのコンサートホールで何ができる?|後編|トークディスカッション

 

 


リアルのコンサートホールで何ができる?~コンサートホールで次世代の聴衆を育てる~ 概要

日程 | 2023年1月25日(水)
時間 | 13:45~16:30(受付開始13:15)
会場 | けいはんなプラザ メインホール(相楽郡精華町光台1-7)
参加費 | 無料

出演・登壇 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)、橋本恭一(宇治市文化会館)、西田陽子(文化パルク城陽)、伊藤佐和子(京都府立けいはんなホール)

主催 | 京都:Re-Search実行委員会
後援 | 精華町

 

第1部 チェロ&ピアノで贈る参加型コンサート

時間 | 13:45~14:30
出演 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)

第2部 A  参加型コンサートのふりかえりトーク

時間 | 14:45~15:15
登壇 | 北口大輔(チェロ)、鈴木潤(ピアノ)
進行 | 西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城地域担当)

第2部 B 「コンサートホールで次世代の聴衆を育てる」トークディスカッション

時間 | 15:30~16:30
登壇 | 橋本恭一(宇治市文化会館)、西田陽子(文化パルク城陽)、伊藤佐和子(京都府立けいはんなホール)
進行 | 西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城地域担当)

演奏者のプロフィール等、詳細はこちら

(記事執筆:西尾晶子(京都府地域アートマネージャー・山城地域担当))