南丹地域|南丹市
【育みレポート】では、次世代対象の取組をレポートし、大人でも知っているようで知らない(かもしれない)、文化や芸術の面白さをお伝えしていきます。
今回は、文化を未来に伝える次世代育み事業『学校・アート・出会いプロジェクト』*の「地域とともに文化探求発信プログラム」として、京都府南丹市立殿田小学校で行われた地域に所縁のある「能楽(観世流梅若派)」を探求する『ふるさと学習』のレポートをお届けします。
*京都府内の小中学校(京都市立を除く)、特別支援学校などに文化・芸術の専門家を派遣し、幅広い分野の文化・芸術を体験できるワークショップや鑑賞会を行う、京都府が取り組む次世代向け事業。2023年度(令和5年度)実施希望校の募集期間は、2023年4月3日(月)~4月19日(水)です。事業概要、申請様式などはこちらをご覧ください。
文化を未来に伝える次世代育み事業|学校・アート・出会いプロジェクト|地域とともに文化探求発信プログラム
ふるさと学習
学校|南丹市立殿田小学校
対象|小学生、地域の方々
講師|公益財団法人 梅若会
実施日時|2022年6月2日(木)13:30~15:30
場所|体育館
世木と能楽
京都府南丹市立殿田(とのだ)小学校のある南丹市日吉町世木(せき)地域では、日吉ダムの建設(1997年完成)に伴い2つの集落が水没、住民約300人が他地域へと転出するということがありました。残った集落でも、深刻な少子高齢化に直面しています。今いる子どもたちが自分たちの暮らす地域の歴史を学び、その魅力を知ることが将来の地域の活性化へと繋がっていく。そのような考えのもと、殿田小学校では3年前から「ふるさと学習」と題した、地域に所縁のある伝統芸能である能を体験するプログラムを実施してきました。
かつて南丹市を含む京都丹波地方では、能楽の原型とされる「猿楽」が非常に盛んに行われていました。中世には「丹波猿楽」と称され、奈良の「大和猿楽」、滋賀の「近江猿楽」などと並ぶ大きな力を持っていたそうです。そして世木には、その丹波猿楽の有力な一座である梅若座の屋敷があったのです。
梅若座は元々は京都府綾部市を拠点にしていましたが、梅若家三十九世の広長が織田信長から現在の日吉町世木地域に所領を与えられたことにより、南丹へと移ってきました。その広長の子、四十世氏盛は徳川家康に仕えたため、世木と江戸とを往来しながら活動していたようですが、四十六世氏教の時代には江戸へと居を移し、現在に至ります。
殿田小学校では、2022年も「ふるさと学習」を継続実施することにしました。この2022年は、梅若家にとって本家宗主の孫が能の道に入る特別な年にあたり、祖先の墓にその挨拶をするために世木を訪れる予定がありました。そのような縁により、今回、梅若家(観世流梅若派/公益財団法人 梅若会)による能の特別鑑賞プログラムが実施されることになったのです。
特別鑑賞プログラム
特別鑑賞プログラムは、2022年6月2日(木)に殿田小学校の子どもたちに加えて、地域に住む多くの方々を招いて開かれました。始めに現梅若家宗主、梅若長左衛門さんによる能楽のお話があり、次いで能のお囃子に使われる楽器の演奏体験が行われました。数人の子どもたちが壇上に上がり、能で用いられる楽器の演奏を体験しました。
囃子方演奏体験
能の音楽を担当するのは、笛(能管)、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)、太鼓の4つの楽器からなる「囃子方(はやしかた)」です。笛(能管)は、竹でできた横笛なのですが、西洋の楽器のように調律されているわけではなく、音の高さや音階が1本1本異なっているそうです。それは能の音楽はメロディ主体ではなく、主人公の心理を表現したり、場の空気感を醸し出すことを目的としているからです。
小鼓は、桜の木をくりぬいた胴に馬皮を合わせ、調緒(しらべお)と呼ばれる麻紐で緩く組んだ楽器です。左手で持って右肩の上に構え、右手で打ちます。大鼓に比べて音は柔らかく、調緒を緩めたり締めたりすることで4~5種類の音色を打ち分けることができます。
大鼓は、桜の木をくりぬいた胴に馬皮を合わせ、麻紐で堅く組んだ楽器です。左手で持って左ひざの上にのせ、右手で打ちます。小鼓よりも硬質で高い音を出します。堅く組まれているために小鼓のように音色を変化させることはできません。
太鼓は、欅(けやき)をくり抜いた胴に牛革(中心部は鹿革)を合わせ、麻紐で固く締め上げた楽器です。台に載せて床に据え、2本の撥(ばち)で打ちます。
能には指揮者がいません。その場その場で演者の動きやお互いの間合いを見計らって演奏しています。
舞台上演《羽衣》
楽器の演奏体験の次には、豪華な装束の着付けデモンストレーションが、そして《羽衣》の上演が行われました。
《羽衣》は、室町時代から現在まで繰り返し演じられてきた能の代表的演目です。舞台となっているのは、その美しい景観により国の名勝にも指定されている静岡県の三保半島にある三保松原(みほのまつばら)。そこで暮らすある漁師が、松の枝に掛けられた美しい衣を見つけるところから物語は始まります。漁師は、その衣を家宝にするために持ち帰ろうとしますが、そこに天女が現れます。天女は、その衣は自分のものなので返してほしいと告げますが、漁師は何かと理由をつけて衣を返そうとしません。それを聞き、天女は天上へと帰ることができないと嘆き哀しみます。その姿に、漁師は天女の舞を舞って見せてくれるのならと、衣を天女に返しました。衣を着て舞う天女は大層美しく、様々な宝物を降らし国土に恵みをもたらしながら富士山の頂上へと舞い上がり、天空の霞の中へと消えていきました。
この《羽衣》の見所は、何と言っても物語のクライマックスにある幽玄な天女の舞でしょう。子どもたちも、優雅に舞う天女を熱心に眺めていました。
《羽衣》の終幕後には、殿田小学校の子ども達から梅若会のみなさんに、お礼の謡と言葉が贈られました。このプログラムを機に、世木と梅若家の繋がりが再び深まり、それが地域の魅力のひとつになればと願っています。
取材・文責・写真|宮下忠也(元・京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当)
(記事執筆:宮下忠也(京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当))