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[ヒトを深める] アートユニットの米谷 健+ジュリアさん

南丹地域|南丹市
改修中のアートハウス「夢」の前で(撮影|2022年6月16日)

1990年公開の黒澤明監督作品《夢》。黒澤監督が見た夢をもとにした8つの話からなるオムニバス形式の映画です。その最終話〈水車のある村〉で、寺尾聰演じる“私”は清らかな川の流れる小さな集落で水車の修理をしている老人と出会います。

「こんにちは…、こんにちは!」
「はい、こんにちは」
「この村は何という村ですか?」
「名前なんか、無いよ。儂らはただ、村と呼んでいる。他所の連中は、水車村と言っているがね」

“私”は老人に村のことを尋ねます。

「ここには電気は引いてないんですか?」
「あんなのもは、いらない。人間は、便利なものに弱い。便利なものほど、いいものだと思っている。本当にいいものを捨ててしまう」

- 黒澤明《夢》「水車のある村」より引用

 

米谷 健+ジュリアは、東京外為市場の金融ブローカーだった米谷健さんと、歴史学、国際関係学研究者のジュリアさんによるアートユニットです。1990年代に東京で出会い、オーストラリア、沖縄へと移りながら国際的に活動していましたが、2015年に京都府南丹市園部町に移住してきました。京都に所縁はなかったのですが、自然豊かな場所で暮らしたい、広い制作場所が欲しいと不動産業者に問い合わせ、園部の物件を視察したその日に移住を即決。車一台に家財道具を乗せ、当時住んでいた沖縄から南丹市まで移動して来ました。その間、たったの10日。共に来られたお子さんたちは、友達とお別れする時間さえなかったそうです。でも、暮らしを大きく変えるにはそれくらいの思い切りが必要なのかも。色々と細かなことを考えていたら移住しなかったと思う、と健さんとジュリアさんは口を揃えます。

世界を巡りながら、滞在先で入念なリサーチをおこない、大規模なインスタレーションとして展開してきた米谷 健+ジュリア。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行によって、そのようなスタイルでの活動は非常にやりにくくなってしまいました。この状況にアーティストとしてどう対処していくことができるのか。もちろん、バーチャル空間で世界中の人々と繋がることはできます。NFTアートと呼ばれるデジタルアートの制作、販売も試みたそうです。しかしこんな時だからこそ、実物と対面し鑑賞する機会を大切にしたい。そう考え、南丹市八木町神吉地域の民家を、自分たちの作品を常設展示したアートハウスへと改修するプロジェクトを始動させました。

アートハウスの名前は「夢」。現在改修中のその建物は、美しい里山にある小さな集落のなかにあり、その前を小さな川が流れています。そして小川の脇には、一軒の朽ちかけた水車小屋があります。清らかな川の流れる小さな集落。そして水車小屋。その情景がふたりに黒澤監督の《夢》の〈水車のある村〉を思い起こさせたことからそう名付けられました。

アートハウス前の小川と水車小屋

アートハウスの扉を開け中へと入っていくと、そこは仄暗く遮光されており、天井に吊られたシャンデリアが緑色に妖しく光っています。美しい里山の小さな集落から、一気に別世界へと引きずり込まれます。このシャンデリアは、米谷 健+ジュリアの代表作のひとつ《クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会》です。紫外線に反応して発光するというウランガラスの特性を利用して作られた連作で、シャンデリアのひとつひとつに原発保有国の国名が付けられており、それぞれその国の原発の総出力量に比例した大きさになっています。2011年の福島第一原発の事故を受けて制作を始めた作品で、放射能の怖さや不気味さが、幻想的な美しさによって表現されています。

《クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会》(2012)

玄関には《クリスタルパレス》の他にも、第53回ヴェネチア・ビエンナーレのオーストラリア代表として出展した《スイートバリアリーフ》(2009)の写真が展示されています。ケバケバしい色彩の、珊瑚を象った砂糖菓子を手にする女性たちの後ろに広がる大量の白砂糖で作られた珊瑚礁のビーチは、世界規模で発生している珊瑚の白化現象が、地球温暖化だけではなく、大規模な砂糖プランテーションにより引き起こされているという近年の研究をもとにしています。

 

黒澤明が〈水車のある村〉のエピソードを含む《夢》の脚本を書き始めたのは1986年。それは、旧ソ連ウクライナ共和国のチョルノービリ原子力発電所で、レベル7とされる重大な事故が発生した年です。そのため、《夢》では放射能への恐怖や現代文明、科学技術に対する批判が繰り返し語られます。ふたりがアートハウスを「夢」と名付けたのは、水車のある景色だけが理由ではなく、この時期の黒澤明の表現と自分たちがこれまで、そして今、南丹でしている活動に重なるところがあったからに違いありません。

水車村の老人は、穏やかな口調で“私”に語りかけます。
「私たちは、出来るだけ昔のように自然な暮らし方をしたいと思ってるんだ。近頃の人間は、自分たちも自然の一部だということを忘れている。自然あっての人間なのに、その自然を乱暴にいじくり回す。俺たちはもっと良いものが出来ると、思っている。
 特に、学者には、頭は良いのかもしれないが、自然の深い心がさっぱりわからない者が多いのに困る。その連中は、人間を不幸せにするような物を一生懸命発明して、得意になっている。また、困ったことに、大多数の人間たちは、そのバカな発明を奇跡のように思ってありがたがり、その前にぬかづく。そしてそのために自然は失われ、自分たちも滅んでいくことに気がつかない。
 まず人間に一番大切なのは、いい空気やきれいな水、それを作り出す木や草なのに、それは汚され放題、失われ放題。汚された空気や水は、人間の心まで汚してしまう。」

-黒澤明《夢》「水車のある村」より引用

 

南丹に来てから、健さんとジュリアさんは、アート活動と並行して農業にも携わるようになりました。それも普通の農法ではなく、農薬や化学肥料を廃した有機栽培に取り組んでいるのです。これまでも環境問題や社会問題を作品の重要なテーマとしてきたふたりにとって、それは自然な流れだったのかもしれません。

しかし、長年、慣行農業をしてきた畑で急に有機栽培を始めても、野菜はほとんど育ちませんでした。農薬や化学肥料を使わずにいい農作物をつくるには、いい空気やきれいな水、そして何より「生きた土」が欠かせません。しかし、土の中の微生物の世界、肉眼では見えないほど小さな生き物たちにより構築された絶妙なバランスが、人間の介入によって崩壊してしまっていたのです。

ミクロ世界の崩壊は、私たちが視認しているマクロ世界の崩壊へと連鎖する。農業に携わることで得たその実感が、新たな作品《Dysbiotica》を生み出しました。

《Dysbiotica (鹿)》(2020)

 《Dysbiotica》シリーズのひとつで、白化(死滅)した珊瑚や微生物が寄り集まり鹿のかたちになっている作品。興味深いのが、この作品が生きた鹿の姿ではなく、遊興目的の狩猟(トロフィー・ハンティング)で仕留められた戦利品、ハンティング・トロフィーのかたちをしていることです。トロフィー・ハンティングは、特に欧米で古くから行われていましたが、現在でも、アフリカ南部および東部では重要な観光産業として合法的に行われています。しかし、標的となる動物種の数を大きく減少させることや、ハンターの多くがかつてアフリカを植民地支配していた宗主国の富裕層であるなど、いくつもの問題を内包しています。 さらに、南丹というよりミクロ的な観点から見ると、鹿は野生動物による農作物被害の主原因になっており、駆除が推奨されています。近年、この地域では鹿の個体数が増加していて、それには大型肉食獣の減少、温暖化による積雪量の減少とそれに伴う死亡率の低下などの環境問題や、過疎化、高齢化によって人工林の管理が行き届かなくなったこと、耕作放棄農地が増えたこと、狩猟者が減少したことなどの社会問題が関係していると考えられます。

 

アートハウス「夢」には、その他にも多くの作品が展示されています。信用によって価値が担保されている紙幣を素材とした作品もあり、そこにかつて金融ブローカーをしていたという健さんならではの鋭い洞察を見ることができます。

このパンデミックの時代だからこそ、実物の作品とリアルに対峙できる場所が重要性を増しています。「夢」のある南丹市八木町神吉地域は、人が密集しているところではありません。いい空気やきれいな水のある環境で、ゆったりと米谷 健+ジュリアの作品を楽しんでみてはいかがでしょうか。

アートハウスの展示風景

2Fにあるベッドルームは部屋自体が作品。2010年にメルボルン市のフェデレーションスクエアで実施したパフォーマンスを再構築したもので、1969年のジョン・レノンとオノ・ヨーコによるパフォーマンス《Bed In》のパロディになっています。

《Global Warming is Over! If you want it(地球温暖化は終わった!あなたがそう望むなら)》 (2010/2022)

メルボルンの中心地にあり、最も人が集まると言われるフェデレーションスクエアでのパフォーマンスとは対照的に、ベッドの先に人の姿はなく、美しい里山の景色が静かに広がっています。


米谷健+ジュリア
アートユニット、現代美術家及び百姓(無農薬農家)。
環境問題や社会問題などをテーマに入念なリサーチを行い、独自の手法で美しくも不気味なものへと転換する。その手法はインスタレーション、ビデオ、パフォーマンスなど多岐にわたる。


取材日|2022年6月16日
取材・文責|宮下忠也(京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当)


 

(記事執筆:宮下忠也(京都府地域アートマネージャー・南丹地域担当))