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[事業レポート]「音 気 楽 団-機(はた)の妖精にきく-」|パフォーマンス「はたおと・あそび」

丹後地域|与謝野町・京丹後市・伊根町・宮津市

 

機道具を楽器とした音の表現を通じて丹後地域を見つめた今年度のKaico―参加型アートプロジェクト「音 気 楽 団-機(はた)の妖精にきく-」。楽団長であるサウンドアーティスト鈴木昭男の感性に触れ、参加者がどのように音をさぐり、丹後半島4カ所を巡りながら、パフォーマンス「はたおと・あそび」として表現していったのでしょうか。丹後で暮らした経験もある、ライター・コーディネーター稲本朱珠さんの言葉を通じた追体験をお楽しみください。

「音 気 楽 団-機(はた)の妖精にきく」|パフォーマンス「はたおと・あそび」 概要

日時|2025年10月5日(日)
楽団長|鈴木昭男(サウンドアーティスト)
旅の踊り子(ゲスト出演)|宮北裕美
会場 | 丹後半島4会場
参加・鑑賞 | 無料
集合場所|与謝野町役場加悦庁舎
時間 | 9:30   集合
    10:00~ 実相寺
    11:30~ 吉村家別荘 桜山荘
    14:30~ 本庄漁港
    16:30~ mubenari field 一本杉の麓
    18:00  解散

体験レポート「はたおと・あそび」

2025年10月5日(日)、集合場所の与謝野町加悦庁舎は朝から雨模様だった。与謝野編と京丹後編のワークショップに参加した「音 気 楽 団」の楽団員は、自分の楽器(機道具)を誇らしげに持ち、首にお揃いのちりめんバンダナを巻いて集合した。

「今日は、思う存分に楽しみましょう。あそびましょう」

 

おだやかな笑みを浮かべた楽団長の昭男さんの挨拶で、緊張がほどける。パフォーマンス「はたおと・あそび」は、1日かけて丹後半島の4会場をまわる。午後から晴れてくるという天気予報を信じて、楽団員たちは最初の会場へと向かった。

1.「かいろうのおと」 与謝野会場 実相寺

実相寺は、2005年(平成17年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定された「ちりめん街道」にある。ちりめん街道では、現在でも多くの貴重な建造物が一般住宅として利用されている。楽団員が持つ楽器(機道具)は、きっとこの町並みの中でも使われているだろうと感じられる風景の中に、大きな石階段が現れた。

雨を考慮して、実相寺のお堂の上がり口でパフォーマンスを行うことになり、楽団員たちは靴を脱いであがっていく。それぞれが好きなところに座り、昭男さんもその中に混ざった。おお、何だかステージにぴったりの場所。
「この地域に機織り産業が盛んだった頃を思い出して、そのイメージで各自やりやすいリズムや音を出す」というお題。初めての音合わせにドキドキする楽団員たちへ、昭男さんはパフォーマンスの流れをシンプルにこう伝えた。
「感じられるかどうかの小さな音から、盛りあがっていくイメージです。ぼくが”かーや!”と言ったら、与謝野チームだけ。”けーほ!”と言ったら京丹後チーム。”かーや、けーほ!”と言ったら全員で」

リハーサルという名の音出しタイムがはじまります (*)

 

今回のパフォーマンスは、地域の人たちはもちろん遠方からも丹後地域の魅力を楽しんでもらえるように、丹後海陸交通株式会社の協力のもと「鑑賞バスツアー」を準備。地域サポーターと文化観光サポーターがアテンドとして乗車し、丹後の海や自然が育んできた景色や丹後ちりめんの歴史などを1日かけて案内していく。
丹後内外から集まった22名の鑑賞バスツアー御一行と、ちりめん街道の近くに住む地域の人が続々と集まり、本番へ。雨が、ぴたりと止んだ。

地域の人もあわせて、約40名の観客が集まった

 

管(くだ)と紙管(しかん)を組み合わせ、こするようにして昭男さんが音を出していくと楽団員たちも続く。観客の中には、楽器(機道具)を見ながら「あれは、工場にあるやつだ」と話し出す人も。昔からの工場の機音と、今ここで楽器となって奏でられている楽団員の音が重なっていた。

昭男さんの「かや!」「けーほ!」の掛け声で、音の種類ががらりと変わる。気になる音を奏でる機道具はどれなのか知りたくなって、つい目を凝らす。これだと気づくと嬉しい。目を閉じてみると、たくさんのリズムや音が自由になった個性として織りなす様が浮かんだ。

「かやけほー!」全員集合の合図で、待っていましたとばかりに楽団員たちが自分の音をいっぱいに届ける。
音が、生きていた。意思を持つ音、役割を果たすリズムは重なると「ガシャガシャ」とまるで機工場にいる感覚になる。
そして、あっという間に音は小さくなり、とぎれた。余韻を感じていると風の音とカエルの声が大きくなった気がした。すでにここにも、自然の音がしていたことに気づく。

筆者撮影

 

養蚕・生糸・織物の守護神とする「金色蚕糸神」が祀られているという実相寺。丹後ちりめんを見守り、支えてきた神様も、思わず体を揺らして楽しんだだろう。

観客に配布されたハンドアウトには「丹後ちりめん回廊」スポットと「機道具図鑑」を掲載

2.「あきのにわ」京丹後会場 吉村家別荘 桜山荘

地元の人もほとんど中に入ったことがないという「吉村家別荘 桜山荘」が京丹後会場。丹後ちりめんの発展に尽力した吉村家4代目の吉村伊助氏が、1919 年(大正8年)に建築した荘厳な建物で、大広間と庭園が広がっている。庭の向こう側には、羽衣天女伝説のある磯砂山を望む。

筆者撮影

 

今回のお題は、「庭の植木の影にかくれて、秋の虫にならっておとあそび」。楽団員たちは、お気に入りの植え込みや木々に隠れて、機道具をこすりあわせたり、リズミカルに打ったりしながら、虫の音を探していく。

子どもも大人も、とにかく隠れるのが楽しい


観客は、まず桜山荘の美しい意匠を凝らした大広間に魅了される。縁側から庭を見ても誰もいないうえに、まだ小さな楽団の音は風や木々の自然の音とすっかり同化していた。地域サポーターから、この場所の説明と「楽団員が虫になっている」というコンセプトが紹介されると、観客たちは驚きとともに耳をすませた。
観客の話し声がピタリと消え、広間に静寂が広がる。全員の意識が庭の‟虫たち“へ集中すると、外の音が浮かび上がってくる感覚に包まれた。これが「きく」ことなのだ。

観客から“虫たち”(楽団員)はほとんど見えない (*)

 

楽器の音が大きくなり、‟虫たち“の存在感があらわれてきた。
「リロリロ」「ギギギ」「リーンリーン」
止まったり、また始まったり、動いたり。誰かの音色に合わせて、同じリズムが違う場所で始まる。いつのまにか、ほんもののカエルの声も重なった。

音を観察しているような気持ちになる。どんな虫なのだろう、何の音だろう。静寂と音が同時に存在する空間が広がっていて、静かであるからこそ耳を澄ませて音を「きく」ことができるのだと実感した。

正座をする人、あぐらをかく人、目を閉じる人、耳をすませながらも自由に「きく」観客

最後の1分間は、全員で目を閉じて音に集中した。その頃には庭は‟虫たち“の大合唱で、ほんの少し色づく紅葉とツツジの植えこみも嬉しそうだった。
その後は観客も庭に出て、“虫たち”を探す。虫の音は、機道具を楽器として奏でていたことを目の当たりにして、興味津々だった。

「そろそろ虫さんたちが眠りにつきます」

昭男さんの呼びかけで、京丹後会場は幕を閉じた。

路線バスで丹後半島一周

楽団員と鑑賞バスツアーの観客たちのランチは、京丹後の有機農場「てんとうむしばたけ」のお弁当。お昼には晴れ間が広がり、海辺で丹後地域の食の魅力をたっぷりと味わった。丹後半島をぐるりと伊根まで移動するのは、2台の丹海路線バス。その道は、山陰海岸ジオパークの地質遺産がのこる海岸線で、ユネスコ世界ジオパークに認定されている。

楽団員も1台のバスで移動。和気あいあいと自己紹介 (*)
昨年度のKaico-参加型アートプロジェクト「パシャパシャ丹後」の一部作品がバス内に展示してあった
丹後ブルーの日本海を見ながらバスで移動 (*)

3.「はまのかぜ」伊根会場 本庄漁港(伊根町蒲入)

バスは丹後半島の最北端にある経ヶ岬を越えて、伊根町に入る。その最初の集落にある本庄漁港が伊根会場。有名な舟屋のエリアではなく日本海に面した漁村で、1965年(昭和40年)頃には蒲入漁協組合が運営する織物工場があり、漁業と織物業の両方で栄えてきた地域だ。

楽団員が会場に到着すると地域のみなさんがお出迎え

 

地域の方々は機道具を見ながら「懐かしいねえ」と口々に言う。楽団員は、三々五々入江に向かって座り、海に音をささげる。「風」とたわむれ、「風」とうたうというテーマだ。

「この漁港に向かってささげましょう」昭男さんの挨拶でパフォーマンスが始まった(筆者撮影)

 

「ザーッザーッ」入江には、一定のリズムで波の音が響く。
「ガラガラ」「カラカラ」「トコトコトコ」波の音に、機道具の音が混ざった。木や陶磁器や金属の楽器を、地面に転がす音、振る音、たたく音、こする音。
「キンキン」「ガシャガシャ」「コンコン」
満を持して、旅の踊り子宮北裕美さんが登場。宮北さんがリズムをとりながら歩く、手足がのびる、地面を踏み締める。動きとともに、音もひろがっていく。

旅の踊り子の登場に、観客の歓声も混ざる

 

宮北さんが、楽団員一人ひとりの間を通りながら舞うと、一体に感じられた音が、楽器ごとの音に分かれて見えてくる。自由な生きた個の音が集まって、この“うねり”を作っているのだ。さあ、盛りあがってきた。まるで、いにしえの海の儀式を見ているようで、いつのまにか目も耳も離せなくなっていた。

昭男さんが織物工場の看板だったトタン板を揺らすと、「ヒュイン」と新しい音がした

「ウーーーォーーー」太く真っ直ぐな昭男さんの声と「はたおと」は、きっと海の向こうまで届いただろう。かつての織物工場の活気ある音や、そこで暮らしてきた人たちのエネルギーにも感じられた。
宮北さんは、眠りにつくように舞い終える。やがて楽器の音も消え、「ザーッザーッ」という波の音が残った。鳥の声が響く。一瞬の間があって、会場は拍手に包まれた。

4.「おとのつどい」宮津会場 mubenari field 一本杉の麓

伊根の舟屋のエリアは通らず、宮津湾沿いから天平の古道沿いにあるオリーブ園、MAEDA OLIVE FARMへ。秋晴れという言葉がぴったりの青空は、ここまで3会場でのパフォーマンスを称えているようだった。大きな一本杉の麓には原っぱが広がり、日本遺産『丹後ちりめん回廊』構成文化財である「天橋立」を一文字に見ることができる。ここが最後のパフォーマンス会場だ。

オリーブ畑の間を歩いて一本杉を目指す楽団員たち

 

「最後だから最高に盛りあがりたい。楽しみたい」宮津会場へ向かう道中では、すっかり一体感が増した楽団員から、観客ともセッションできるパフォーマンスへのワクワクが伝わってきた。
「向きは自由に、好きな場所で好きなスタイルで、最後をおもいきり楽しみましょう」
昭男さんからの声かけに、楽団員たちはしっかりと頷いた。

「ドコドコ」という木箱や小枠の音をベースに、「カンカラ」「リリーン」という陶器や金属の音がアクセントになっていた。輪になって演奏すると、音が真ん中に集まって空にのぼっていく。
宮北さんは、丹後ちりめんの白生地にカラフルな管(くだ)を縫ってつけた手作りのショールを纏い、天女として舞う。沈みゆく日の光に照らされて、機道具と丹後ちりめん、そして楽団員の姿が輝く。宮北さんが楽団員一人ひとりとセッションをしながら、会場の熱をあげていった。

不意に宮北さんが舞の流れの中で、観客にも機道具を渡し始める。そう、ここからは観客も一緒にパフォーマンス!

管やシャットル、紙管、静輪。楽団員を見て興味を持ったものを手にして、おそるおそる音を出す観客たちを見て、ワークショップで楽団員たちが最初に楽器に触れたときの緊張感がよみがえった。

「フォー」
昭男さんが紙管から響かせた声を合図に、一気にリズミカルに。

「ガシャンガシャン」「カラカラカラ」
両手に持てるだけ楽器を持つ人、持ちかえながら音を重ねる人、全力のパフォーマンスが幾重にも重なっていく。

舞は跳ねて、音はあそぶ。「はたおと・あそび」。
そこにいる全員が夢中で、音の世界にいて、全身全霊で「楽しい」を表現していた。

「フォッフォッフォッフォッフォー」
今までで一番高い昭男さんの声と、拍手のような楽器の音でラストスパート。とびきりの笑顔、一期一会だからこそ、丹後というこの場所だからこその豊かで贅沢な時間。その余韻が、天橋立の上に広がる夕暮れの空いっぱいに広がっていた。

楽団員からは、「即興で、その場その場のインスピレーションで音をつくっていくのが楽しくてしかたなかった」「織物の文化をワークショップとパフォーマンス会場で、少しずつ知りながら自分の表現も深まる歓びを感じた」「丹後ちりめんや織物という子どもたちに伝えていきたい文化を音という形で伝えられるんだと知って嬉しかった」そんな感想が聞かれた。
鑑賞バスツアーの参加者からも、「地元にずっと住んでいても知らなかった丹後地域の魅力をたくさん感じる時間だった」「次は楽団員をやってみたい」などの声があった。

昭男さんが奏でた楽器(機道具)

 

昭男さんは最後に、
「ぼくはこれから、各地で機道具を使って『はたおと・あそび』をする予定が決まっています。いいでしょう」
といたずらに笑った。
織物を生業にしない限り、機道具に触れることはない。今回のアートプロジェクトによって、音という新たな切り口で織物文化との接点が生まれたことで、参加者は「はたおと」の中で暮らしてきた人々へ近づくことができた。まさに、「はたおと」を奏でながら生きることを「なつかしく思い(懐古)、振り返り見る(回顧)ことで、思いがけない出会い(邂逅)を創造する文化活動」となっていたと感じた。
いつの日か、またどこかで「音 気 楽 団」が再結成されるかもしれない。それまで私たちは、耳をすませて音を「きく」ことを練習し、自然の音や身のまわりの大切なものから奏でる自分の音を表現するかもしれない。時には、誰かとセッションもしながら、“機の妖精”のように自由な生きた音とともに暮らしていく。

 

写真撮影|©bozzo(*除く)

 

記事執筆

稲本 朱珠|いなもと すず

1992年生まれ、京都市出身。同志社大学社会学部卒業後は展示会主催会社やバックオフィス業務などを経て、2020年に京丹後に移住。高校生と地域の人の”やってみたい”を実現していく居場所づくりや京都府北部の中高生の探究活動の伴走に従事。現在は京都市内を中心にフリーランスライター・コーディネーターとして活動中。

▼プログラム全体の詳細はこちら

体験レポート
ワークショップ「はたおと・さぐり」与謝野編
ワークショップ「はたおと・さぐり」京丹後編
●パフォーマンス「はたおと・あそび」